第2話 不思議な旅人

 今日はやや曇り空だが、暖かくて過ごしやすい。畑仕事は捗るし、野菜たちも元気そうだ。市場はあと二時間で開く。それまでに収穫した野菜を洗っておかないといけない。


「母ちゃんや、樽の水を出しといてくれんか」

「はいよ」


 息子たちが家を出て久しいが、妻を母ちゃんと呼ぶ癖はこの先も抜けそうにないなと考えながら、妻が用意してくれた水入りバケツに野菜を浸した。


「そういえばあなた。宿屋に風変わりな若者が立ち寄ったと聞きましたよ」

「風変わりな? そりゃあ旅人かなんかだろう。このあたりじゃ珍しくないさ」

「私も最初はそう思ったのだけどもね、どうやらぼろきれのような一枚着で木の棒だけをもっていて、一言も話さないそうですよ」


 確かにそのような若者なら昨今は珍しい。昔であればそういった労働者はどこにでもいたが、魔物が出現しはじめてから街の外を適当な恰好でぶらつくのは危険すぎる。ここらは比較的おとなしい魔物しかいないため行商人の通り道となることはよくあるが、さすがにぼろきれ一枚という人間は見かけたことがなかった。


「怪しい奴じゃないといいんだがな...」

「そうですね...。昨日はどうやらお城に入ろうとして衛兵に止められたそうよ」

「城に...? 泥棒か?」

「いいえ。ただ正面から歩いて入ろうとしたみたいです」


 だとしたらとんでもない阿呆としか言いようがない。ぼろきれに木の棒でなぜ堂々と城に入れると思ったのだろうか。わしはその人物に大きな疑念を持ち始めた。このあたりでもし暴れられるようなことがあったらひとたまりもない。わしは急いで仕事を終わらせて宿屋を覗きに行くことにした。一目でも見てどんな奴か知っておこう。

 水バケツから野菜を取り出し布の上に広げて少しだけ干す。わしは妻にすぐに戻ると伝えて宿屋に向かった。恐る恐る宿屋の扉を開ける。早朝ということもあり静かで落ち着いた雰囲気だ。わしは少し眠たそうな店主に近づいて小声で話しかけた。


「ここに風変わりな人が泊っていると聞いてな...」

「それならすぐ後ろに...」


 店主の指す方へゆっくりと振り向くと、その若者がいた。今まさに服を脱ごうとしているではないか。


「あっ! おい!」


わしと店主は慌てて幼さの残る青年の着替えを止めた。彼は何が起こったかわからないような純粋な表情でこちらを見ていた。

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