第五話
僕は何度も野ばらさまの食事に、包み紙の中身を入れようとした。
脳裏に野ばらさまの笑顔が浮かぶ。
手が震える。
額から冷や汗が出てくる。
出した包み紙を胸ポケットに戻す。
また、できなかった。
野ばらさまに食事を運び、彼女が美味しそうに食べる顔を見て思うのだ。
あんなもの、入れなくてよかった。
けれど、いつかは実行しなければいけない。
鬼村は、僕が野ばらさまを殺すのを待っている。
いつまでも、待ってはくれないだろう。
引き返せないところに僕はいる。
逃げることもできない。
僕は、袋の中にいるネズミだ。
綺上院の使用人として潜り込んで、一週間が経とうとしている。
鬼村から電話がかかってきた。
暑くもないのに、汗が出てくる。
震える手で電話に出た。
「……はい」
『一人子どもを殺すのに時間がかかり過ぎだ。なにをもたついていやがる』
「もう少し、待ってください」
『あ? こっちは散々待ってやったんだ。これ以上は待てるかよ』
「も、もう少しだけで、いいですから」
僕はなにを言っているのだろう。
時間稼ぎくらいにしか、ならないのに。
『明日までだ』
「え」
『明日までに、綺上院野ばらを殺せ』
「待ってくだ」
言い終わる前に電話を切られた。
もう、後がない。
「かける、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
野ばらさまに、また心配されてしまった。
周りのことを、よく見ている子だな。
「使用人たるもの、主人の要望にいつでも答えられるよう、常に万全な状態でいなくてはいけませんよ」
水島さんにも言われてしまった。
仕方ないだろう。
野ばらさまが水島さんを見る。
「水島、もう少しかけるに優しく言えないのか?」
「私は、同じ使用人として助言したのです」
僕は精一杯笑った。
「大丈夫ですよ。体調に問題はありません。ご心配をおかけしました」
「そうなのか? あまり無理はするなよ。なにかあったら教えてくれ」
「はい。ありがとうございます」
言えない。
あまりにも、酷な話だ。
命を狙われていると知ったら、心に深い傷を負わせてしまう。
泣いているところを見たくはない。
笑っていてほしいのだ。
なのに、僕はそんな子を殺さないといけない。
明日までに。
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