第2話 実績ゼロの個人事業主と、深層からのSOS

剛との決別から数時間後。

俺は築四〇年、家賃三万円のボロアパートの一室で、ドライバーを片手に格闘していた。


作業机の上には、剛からふんだくってきたジャンク品の魔導ドローンが分解されている。

魔導回路は焼き切れ、レンズにはヒビ。

普通なら即座にゴミ箱行きだが、俺にはこれが必要だ。


「よし、接続完了」


最後の配線を繋ぎ、魔力を微量だけ流し込む。

すると、手のひらサイズの球体ドローンが、青い光を放ちながらフワリと浮き上がった。


『システム起動。個体識別名、未設定。マスター登録、完了しました』


無機質な合成音声。

俺はPCのキーボードを叩き、あらかじめ組んでおいたカスタムOSを流し込む。

重視したのは二点。

「俺の超高速移動についてこられる追尾性能」と、「ブレのない映像補正」だ。


「個体名は『ポチ』だ。よろしくな」


『……ネーミングセンスに疑問を感じますが、了解しました。マスター・レンジ』


生意気なAIだ。

こいつには配送記録の保存と、万が一の際の証拠映像(エビデンス)の撮影を担当してもらう。

個人事業主にとって、トラブル回避のための自衛手段は何より重要だからな。


「さて、商売道具も揃ったし、さっそく稼ぐか」


俺はスマホを取り出し、『D-Eats』の配達員用アプリを開いた。

時刻は夜の九時。

ダンジョン探索のピークタイムは過ぎているが、夜型の冒険者や、キャンプ中のパーティからの注文があるはずだ。


画面上のステータスを【オンライン】に切り替える。

さあ、こい。

俺の脚力を活かせる高単価の依頼よ。


……。

…………。


『依頼を受信しました!』


軽快な通知音と共に、一件のオーダーが表示される。


【依頼内容:ポーション(小)の配達】

【お届け先:地下3階層 初心者エリア】

【報酬:350円】


「……は?」


俺は思わず画面を二度見した。

さんびゃくごじゅうえん?

ダンジョンに入る入場料すら賄えないぞ、これじゃ。


気を取り直して、他の依頼も見てみる。


【依頼内容:おにぎりセット(梅・鮭)】

【お届け先:地下5階層 セーフティゾーン】

【報酬:420円】


【依頼内容:替えのパンツ(緊急)】

【お届け先:地下2階層 トイレ前】

【報酬:500円】


「なめてんのか……」


俺は頭を抱えた。

安すぎる。

地上でのフードデリバリーと変わらないどころか、危険手当が含まれていない分、割に合わなさすぎる。


原因はすぐに判明した。

俺のアカウントの評価欄だ。

そこには、虚しく輝く【★0】の文字。


『D-Eats』のアルゴリズムは残酷だ。

実績のない新人(ルーキー)には、誰でもできる安全な低単価案件しか回ってこない。

地道にパンツやおにぎりを運んで評価を稼ぎ、ランクを上げて初めて、高単価な深層案件が受注できるようになる仕組みらしい。


「ふざけるな。そんな悠長なことをやってたら、今月の家賃が払えねえ」


俺が必要なのは、今すぐ稼げる仕事だ。

下積みに費やす時間など、俺の人生設計(タイムテーブル)にはない。


「ポチ、このアプリのフィルタリング設定を解析しろ。制限を外す方法があるはずだ」


『マスター、それは規約違反の可能性が……』


「いいからやれ。俺たちは個人事業主だ。リスクは自分で背負う」


『……了解。開発者モードへのバックドアを発見。「危険度フィルター」を強制解除します』


スマホの画面が一瞬暗転し、赤い警告ウィンドウが表示される。


【警告:この操作を行うと、ギルドが指定する「死亡推奨エリア」を含む全ての依頼が表示されます。命の保証は致しかねますが、続行しますか?】


「YESだ」


迷わずタップする。

その瞬間、画面が真っ赤に染まった。

通知音がけたたましく鳴り響き、これまで隠されていた「高難易度案件」が滝のように流れ込んでくる。


【地下50階層:魔剣の回収依頼 報酬:150,000円】

【地下70階層:ワイバーンの卵の運搬 報酬:300,000円】


「これだよ、これ」


俺は口元を歪めた。

ゼロの数が違う。

これなら、一件こなすだけで一ヶ月分の生活費が稼げる。


スクロールする指が止まったのは、リストの最上段。

一際目立つ、緊急アラート付きの依頼だった。


【緊急・最高優先度(SOS)】

【依頼内容:特級解毒ポーションの至急配達】

【お届け先:地下100階層 ボス部屋前】

【依頼主:匿名希望(SランクID認証済み)】

【報酬:1,000,000円(成功報酬)】

【残り時間:あと18分】


「……地下100階層?」


そこは「深層」と呼ばれる、人類の到達最深部に近いエリアだ。

出現するモンスターは全てAランク以上。

普通の探索者なら、到達するだけで三日はかかる。


それを、あと18分で?

無理だ。物理的に不可能だ。

だからこそ、報酬は破格の一〇〇万円。誰も受け手がいないまま、時間だけが過ぎていく「死に案件」。


「……ポチ、地下100階層までの最短ルートを検索。正規ルートじゃなくていい。通気口、モンスターの巣穴、全部含めて計算しろ」


『検索中……。正規ルートでの所要時間は74時間。ですが、縦穴エリアを自由落下し、第80階層のドラゴンに騎乗して突破、さらにボスの頭上を通過するルートであれば……理論上、14分で到達可能です』


「14分か」


俺はニヤリと笑った。

4分の余裕(バッファ)がある。十分すぎる。


「ポチ、行くぞ。初仕事だ」


俺は【受注する】ボタンを力強くタップした。


『マッチング成立。配達を開始してください』


玄関のドアを蹴り開ける。

夜の街へ、そしてその地下に広がる深淵へ。

俺は一歩目を踏み出した。


ここから先は、俺の時間(タイム)だ。


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