第七章 部活動
放課後を迎え、僕はタクヤと一緒に帰る約束をした後、部活へと赴く。
イラストレーション部は、専用の部室はなく、理科室を活動の場に利用していた。
僕は、イラストの道具が入った通学鞄を携え、西棟一階にある理科室へ向かった。
理科室の扉を開け、中へ入る。お馴染みになった、古びた薬品のような臭いが鼻腔をつく。
中では、すでに部員のほとんどが揃っており、皆思い思いの形で作業を行っていた。
イラストレーション部は、特に部活開始の合図などなく、それぞれ好きに作業を始めるのが常態化していた。その自由な風潮こそが最も僕の気に入る要素であった。
僕は定位置の席に着き、背もたれのない木製の椅子に座る。そして鞄から、イラスト道具である3Bの鉛筆やケント紙、トンボの色鉛筆セットなどを黒塗りの机の上へ広げ、準備を整える。
理科室特有の幅広い実験台のお陰で、余裕を持った作業環境を構築することが可能だった。それもあって、イラストレーション部は、理科室を活動の場の対象にしたのだろう。
僕はイラスト作業に移る。部誌掲載への締め切りにはまだ間があるが、後手後手に回ると、後がきつくなってしまう。できるだけ早めに完成させたかった。
途中、部員全員が揃ったことを確認した部長から、部誌やコンクールの話が出て、作業の妨害があったものの、概ね集中してイラストを進めることができた。頭に渦巻いている雑念が原因で、作業に支障が出ると思ったが、むしろイラスト作業に没頭するお陰で、その雑念を頭の隅に追いやることができていた。やはり創作活動は、精神安定に一役買っていると思う。
しかし、それでも、ずっと鉛筆を走らせ続けると、疲労が蓄積されていく。
キリの良いところで一旦手を止め、肩の凝りをほぐしながら、僕は周りを見渡した。
理科室内は、図書館のように静まり返っている。時折、部員同士の相談やアドバイスを求める声が聞こえるが、ほぼ全員が作業へ集中していた。
そんな中、隣の机に座っている女子部員のイラストが目に入った。男女が抱き合っているやや扇情的な絵柄だ。
僕は、その女子部員に尋ねた。
「大川さん、そのイラストって、どんなの?」
唐突に質問を受けた
チヒロは一学年下の女子生徒だ。大人しい性格をしており、人見知りでもあるようだ。
チヒロは、戸惑ったように、コピックを持った指をもじもじさせながら、僕の質問に答える。
「これ、少し前から人気が出てきたアニメキャラクターのイラスト」
チヒロは、アニメのタイトルの名を口に出す。その名前は僕も知っていた。漫画が原作の、バスケットボール部を題材にした作品である。
だが、彼女が描いているようなヘテロ的な描写はなかった気がする。スポ根ものの青春アニメで、合間に挿入される恋愛群像劇も、全て同性愛で描写されていた。
おそらく、彼女は『腐女子』なのだろう。腐女子とは、同性愛(ノーマル)ではなく異性愛(アブノーマル)を好みとする女性を指した呼称である。『婦女子』が語源だ。
そして、腐女子によくあるパターンとして、カップリングなるものがある。アニメや原作漫画では描写されていないキャラクター同士の恋愛や性交を、二次創作として描くものだ。それらは大抵、性愛の対象がノーマルではなく、異性同士のアブノーマルな形で構成される。
以前から薄々わかっていたが、チヒロもその手の題材が好きなのだろう。イラストが漫画チックなので、もしかすると、ヘテロ的な内容の同人誌すら描いている可能性もある。確かめる気は毛頭なかったが。
その後、挙動不審気味なチヒロと二、三言葉を交わし、僕は再びイラスト作成へと戻った。
イラストは、すでに下書きを済ませ、色塗りの段階に入っている。僕は、ケント紙の横に置いてある参考元のアニメキャラクターが載った雑誌を見ながら、色鉛筆で色を塗り始めた。
色鉛筆を横に寝かせ、一方向に引くようにして薄く肌を描いていく。ある程度色が乗ると、複数の色鉛筆を使い、カケアミと呼ばれる技法で色を重ねる。陰影の部分は、濃い目の色でベースを作り、その上から、さらに濃い色の色鉛筆を上塗りし、立体感を持たせるようにした。これは、典型的な色付けの手法だ。
僕は黙々とイラスト作業を続ける。チヒロと会話をしてから、ほとんどノンストップだった。その甲斐あってか、部活が終わるまでに概ね満足する形で、ほぼ色塗りを終えることができていた。
残るは背景の一部であり、ここまでくれば、完成は目前である。
僕がケント紙から顔を上げ、時計を確認しようとしたところで、部活終了のチャイムが鳴り響く。
僕はため息をつきそうになった。もう少しだったのに。仕方がない。次の作業時には完成するだろうから、その時までお預けだ。
僕は、作業を止め、色鉛筆を机の上に置いた。
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