第1話【七年後の平穏】

魔王討伐から七年。

国王殺害の凶報が世界を駆け巡る少し前のこと。人類と魔族の戦争はまだ各地に深い爪痕を残しているが、かつて戦地だった土地にも人々が暮らし、それぞれが小さな営みを重ねながら世界は確かに復興へと向かっていた。リヴィアも新たな平和を享受しその未来へ歩みを進める一人だった。始めこそ殺してやりたいと思うほど憎んでいた勇者だったが、争いの消えたこの世界を見ているうちに勇者は永きに渡る戦争を終わらせた英雄であり、父の死もまた、この平和の礎になっているのかもしれない――。そう考える自分を、リヴィアは否定しきれずにいた。父や兄、姉を亡くしてからの七年間、辛うじて生き延びたたった数名のかつての家臣と共に恵まれた生活とはいかなかったが新たな平和の訪れを感じるには充分な歳月だった。


あの日、父の懐で血にまみれたリヴィアの両手には今や花束が握られている。かつて栄華を誇った城の裏手にある戦没者や、父、そして兄姉達が眠る墓に通うのがあの日からリヴィアの毎朝の日課になっていた。最初は嗚咽を漏らしながら墓前で亡き家族に復讐を誓っていたが今では静かに手を合わせ返事のない会話を続けている。

(父上、兄さま、姉さまここ最近冷え込む日が続いているので城の暖炉には火が入りましたよ。どうか皆さんもあの世で暖かくお過ごしください。)

こうして手を合わせている時間はリヴィアにとって心が穏やかな暖かい時間だった。


しかしこの日に限ってはいつものような穏やかな時間は家臣の慌ただしい声によって強制的に終了する。

 

「リヴィア様、こちらにおられましたか。」

 

膝をついて手を合わせている後ろから息を切らしながら家臣のヴィオルグが声をかけてくる。ヴィオルグという男はこの七年間リヴィアの一番近くで生活の世話や魔法の稽古などをしてきたリヴィアにとっては最も信頼のおける家臣であった。そのヴィオルグの声かけに対しリヴィアはスッと立ち上がり振り返る。


「ヴィオルグ…。どうしたの?そんなに慌てて。」


息も切れ切れのヴィオルグとは対照的に落ち着き払った気品さえ漂う立ち姿だった。


「リヴィア様、境界付近の村で王国の軍隊との衝突があったとの報告です。いや、あの辺りは魔族といえど武力を持たないものが多く暮らす村です故、衝突というよりは一方的な殲滅であったかと…。」


境界――かつてリヴィアの父が守っていた、人と魔族の最前線。ヴィオルグの表情は魔族の土地が侵されたことよりも同胞達がやられた困惑と悔しさが入り雑じったやりきれなさが滲み出たものだった。リヴィアもその報せにズキンと胸をえぐられるような感覚になった。


「そう…。なんだか最近王国の侵略が多くなったね。父上が討たれて戦争も終わったというのに奴らはまだ私たちの血を求めるというのか…。生き残りは?」


震えそうになる声を押し殺し平静を保とうとするリヴィアの問いに対してヴィオルグは静かに首を小さく横に振りながら答える。


「助けを求めて城へ駆けてきた少年が一人だけです。境界付近から自分の足でここまで…相当な道のりだったでしょう。」

「そっか。どうか今だけでも手厚く介抱してあげて。その子が落ち着いたら話を聞いて誰かをその村まで調査に向かわせようか。」


リヴィアは悲しみに暮れながらもその言動や振る舞いはすっかり一城の主となっていた。

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平和の使者は、魔王の娘でした。 出水光希 @mizuki-demi

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