平和の使者は、魔王の娘でした。
出水光希
プロローグ【美しい世界】
恒久的に続くと思われた魔族と人類の戦争はある日突然幕を閉じる。それは魔族にとってまるで天災のように降りかかってきた。人類に恐怖と絶望を与え続けた魔王がその根城、魔王城にてたった5人の勇者一行によって遂に討たれた。
その渦中にいたのは魔王の末娘、リヴィアだった。血塗れになり今にも息絶えそうな父の姿を見るのは魔族としてまだ幼い彼女には余りにも残酷な光景だった。
「父上!!父上!!」
リヴィアが大粒の涙を流しながら魔王の元へ駆け寄ると魔王は最後の力を振り絞りその深く大きな懐でリヴィアを包み込むように抱き込む。魔王はリヴィアの耳元で優しく、今にも消えてしまいそうな声で囁く。
「リヴィアよ、どうかこの美しい世界を頼んだぞ…」
その言葉を残して魔王は事切れた。
リヴィアは混乱した。父の血に濡れた床を見つめながら、魔王の言葉が胸の奥で何度も反響していた。
「美しい世界」——それが、この光景のことだというのか。頼んだとは何を頼まれているのか?彼女の頭の中は整理などつきようがなかった。
「勇者さま~、魔王の娘ですよ。人類の脅威は討伐しなきゃですね。キャハッ」
勇者のパーティーの魔法使いが軽い口調でリヴィアの討伐を進言している。しかし勇者は手にしていた剣を腰の鞘に収めてしまう。
「いや、この娘からはほとんど魔力を感じない。魔王の娘として生まれただけで魔族としてはかなりの劣等個体だろう。魔族といえど力も持たない娘を切り捨てては気分が悪い。」
そう言うと勇者は一瞬だけリヴィアに目線を移し踵を返しパーティーを先導しその場を後にしようとする。リヴィアを一瞥する勇者の目はどこか儚げな悲しみのようにも見える魔王討伐を果たした者のそれには見えないとても不相応のものだった。
勇者がリヴィアに背を向け数歩ほど歩いたところでリヴィアは思わず勇者に飛びかかりマントを強く握る。
「父上の...…父上の仇…!!」
大粒の涙を流しながら大声で何度もそう叫び勇者のマントを強く握り締め離さない。幼いリヴィアにはそこから勇者を討つだけの力はおろか一切の攻撃手段を持たなかったリヴィアの叫びは勇者への憎しみよりも自分の非力さを呪うかのような悲痛な叫びだった。それを見かねた魔法使いの女が魔力を込めた杖をリヴィアへ向ける。
「勇者様~、やっぱり生かしておいてもウザイだけだしここで殺っちゃいましょう~。」
その表情に一切の悪意はなく「魔族など殺して当然」とでも言わんばかりの顔だった。
しかし勇者はそっとその杖を抑え再び魔法使いを制止する。
「やめるんだ。わざわざ殺してやる価値もないほどに無力な娘だ。こんなことに魔力を使っても無駄だろう?王都に帰るまでまだ魔族や魔物に襲われるかもしれないんだ、魔力は節約してくれ。」
そう諭された魔法使いは拗ねたように唇を尖らせながら杖を下げる。そして杖を振り上げるとその石突でリヴィアの小さな手を突きマントから引き剥がす。その勢いで思い切り握り締めていたマントが裂けその手の中には切れ端が握りこまれていた。
「うん、それでいいんだ。さぁ、皆王都へ帰ろう。」
勇者がそう言うと誰も振り返ることなく勇者一行はその場から立ち去っていった。暫くしてそこにはうずくまって咽び泣くリヴィアと虚しく反響するその慟哭だけが残った。
――それから7年後、世界を救った勇者により王が殺害された報せが世界中に広まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます