第4話

放課後。

 屋上での押し問答の末、なんとか「同棲」だけは回避した(と俺は思っている)ものの、レイラの勢いは止まらなかった。


「――お帰りなさい、ヤマトさん」


 俺が住む築40年のボロアパート『メゾン・ド・底辺(通称)』の前に、場違いなオーラを放つ美女が立っていた。

 神崎レイラだ。

 その足元には、家出少女もビックリの巨大なキャリーケースが鎮座している。


「……えっと、神崎さん? その荷物は?」

「食材と、私の着替えです。夕食を作ってくれる約束でしたよね?」

「いや、それはそうだけど……ここで?」

「当然です。私の家だとセキュリティが厳しすぎて、ヤマトさんが入れませんから」


 彼女は悪びれもせず、ニッコリと微笑んだ。

 完全に既成事実を作る気満々だ。


「さあ、入ってください。お腹が空いて倒れそうです」

「はあ……わかったよ。でも、汚いぞ?」


 俺は諦めて、錆びついた鉄の扉を開けた。

 ガチャリ、と鍵を開けて中に入る。


 瞬間、男の一人暮らし特有の生活感が目に飛び込んできた。

 脱ぎ散らかした服。読みかけの雑誌。床に溜まった薄っすらとした埃。

 狭いワンルームは、まさにカオスだ。


「……なるほど。男の子のお部屋ですね」

「だ、だから言っただろ! ちょっと待ってて、すぐ片付けるから!」


 S級美少女をこんなゴミ屋敷に上げるわけにはいかない。

 俺は深呼吸をして、部屋全体を視界に収めた。


「――スキル、【大掃除(ハウスクリーニング)】!」


 パァァァァッ……!


 部屋の中心から、清浄な風が巻き起こる。

 散らばっていた服は瞬時に畳まれてクローゼットへ整列し、雑誌は本棚へ、床の埃は分子レベルで分解・消滅。

 さらに淀んでいた空気は、森林浴レベルのマイナスイオン空間へと書き換えられた。


 所要時間、0.5秒。

 ゴミ屋敷は、新築モデルルームのような輝きを取り戻した。


「ど、どうだ!」

「……凄いです」


 レイラが目を丸くして、ピカピカになったフローリングを撫でる。


「魔法による空間干渉……いえ、それ以上の精密操作……。今の魔力制御、S級魔導師でも不可能ですわ」

「え? いや、ただの掃除だけど」

「(やっぱりこの人、規格外だわ……)」


 レイラが何かブツブツ言っていたが、俺は聞こえないフリをしてキッチンへ向かった。


          ◇


「リクエスト通り、ハンバーグだ」


 三十分後。

 ちゃぶ台の上には、湯気を立てる二つの皿が並んでいた。

 付け合わせはブロッコリーとニンジンのグラッセ。

 そして主役は、大人の拳二つ分はある巨大なハンバーグだ。


 使用したのは、ダンジョン中層のボス『オークジェネラル』の挽肉。

 脂の甘みが強く、加熱しても硬くならない最高級の食材だ。


「……いい匂い……」


 レイラがゴクリ、と喉を鳴らす。

 彼女はフォークを入れた。

 表面はカリッと香ばしく、中はふっくら。

 ナイフを入れた瞬間、閉じ込められていた肉汁がジュワワァッ! と溢れ出し、特製デミグラスソースと混ざり合う。


 それをひと口、口に運ぶと――。


「んんっ……!!」


 レイラの身体がビクンと跳ねた。

 とろけるような恍惚の表情が浮かぶ。


「おいし……っ! なにこれ、お肉が甘い……ソースも濃厚で、でもしつこくなくて……!」

「オーク肉は臭み抜きが命だからな。ハーブと一緒に一晩寝かせたやつを使ったんだ」

「ヤマトさん……」


 レイラはフォークを置き、潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。


「私、もう決めました」

「ん?」

「こんな美味しいものを毎日食べられるなら、私、探索者を引退してお嫁さんになります」

「だから飛躍しすぎだって。あくまで『専属シェフ』の契約だろ?」

「ふふ、今はそういうことにしておいてあげます」


 彼女は再びハンバーグに向き合い、幸せそうに頬張り始めた。

 狭いアパートのちゃぶ台を挟んで、国民的アイドルと夕食。

 なんだか新婚生活みたいだな、と一瞬思ってしまい、俺は慌ててその思考を振り払った。


          ◇


 その頃。

 ネット掲示板の『特定班』スレッドは、ある情報によって爆発炎上していた。


**【特定】例の配信者の正体、判明したったwww part12**


156 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:00:00 ID:stalker_pro

 おい、マジで特定できたぞ。

 制服のエンブレムと、配信に映り込んでた古びた鉄塔の位置から割り出した。


157 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:00:15 ID:wktk

 マジか! で、誰だよあのスパダリは!

 やっぱりA級探索者の隠し垢か?


158 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:00:45 ID:stalker_pro

 いや……それが信じられんのだが……。

 名前は『天堂ヤマト』。

 千代田学園の2年生だ。


159 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:01:20 ID:mob_friend

 天堂? 誰それ。聞いたことない。


160 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:02:00 ID:guild_staff

 えっ。嘘だろ?

 ギルドデータベース照合したけど、そいつFランクだぞ。

 しかもスキル【家事】って登録されてる。万年雑用係の底辺じゃねーか。


161 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:02:30 ID:sword_master

 はあ? Fランク?

 ふざけんな、あのドラゴン解体動画みたいな包丁さばきができるFランクがいてたまるか。

 身体強化魔法も使わず、素の身体能力であれだぞ?


162 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:03:10 ID:video_analyst

 >>160

 ギルド職員降臨か?

 もしそれが本当なら、ギルドの測定器が壊れてるか、本人がとんでもない猫を被ってるかのどっちかだ。


163 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:04:00 ID:ice_guard

 Fランクの底辺が、俺たちのレイラ様を誑かしたってことか?

 ……許せねえ。

 ちょっと俺、千代田学園行ってくるわ。


164 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 19:04:30 ID:mob_chara

 うわ、これ荒れるぞ……。

 明日の学校、地獄じゃね?

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2026年1月19日 19:00
2026年1月20日 19:00
2026年1月21日 19:00

底辺配信者の俺、ダンジョンでS級美少女(国民的アイドル)のお弁当を作ったら、なぜか「旦那様」と呼ばれてバズり散らかしている件 〜戦闘力ゼロの【家事スキル】が、実はダンジョン最深部で最強でした〜 kuni @trainweek005050

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