第3話

「――見つけました、私の旦那様(シェフ)」


 神崎レイラの爆弾発言が投下されてから、約三秒後。

 教室の空気が爆発した。


「ええええええええええええええっ!?」

「だ、旦那様だとぉぉぉぉ!?」

「天堂!? お前、神崎さんとどういう関係なんだよ!」

「いつの間にそんなルート攻略したんだ! 詳しく教えろ!」


 男子からは殺気混じりの絶叫が、女子からは黄色い悲鳴が飛び交う。

 クラス中がパニック映画の群衆シーンと化していた。


 だが、当のレイラはそんな喧騒など意に介さない。

 彼女は優雅な仕草で俺の腕を取ると、ものすごい力(S級の筋力)で引っ張り上げた。


「ちょ、神崎さん!?」

「ここは騒がしいですね。場所を変えましょう」

「え、あ、はい。でも腕、折れそう……」

「お昼ご飯の話があります。……重要事項です」


 彼女は有無を言わせぬ迫力で、俺を教室の外へと連行していく。

 背中に突き刺さるクラスメイトたちの視線が痛い。

 これ、後で尋問されるやつだ。絶対に。


          ◇


 一方その頃。

 インターネットの海では、昨晩のアーカイブ動画を巡って、とある掲示板が前代未聞の速度で消費されていた。


**【速報】氷の令嬢、謎の底辺配信者に餌付けされる part50**


1 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:30:00 ID:dungeon_master

 昨日の配信アーカイブ見た奴いる?

 あれヤバくね?


2 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:30:15 ID:ice_love

 見た。尊すぎて死んだ。

 レイラ様があんな顔するなんて聞いてない。


3 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:30:45 ID:cooking_papa

 それより飯テロすぎんだろ。

 あの角煮、艶がS級ポーションより輝いてたぞ。

 深夜に見るんじゃなかったわ。


4 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:31:20 ID:b_rank_sensi

 >>3

 わかる。

 あと、あの男のスキル【家事】とか言ってたけど、絶対ただの家事じゃねえ。

 【洗濯】発動した瞬間、レイラ様の装備の耐久値まで回復してなかったか?


5 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:32:00 ID:video_analyst

 解析班だけど、男の包丁さばきをスロー再生してみた。

 これ見てみ → [動画リンク]

 レッドボアの筋繊維を断ち切る速度、0.01秒。

 これ、去年のドラゴン討伐動画のS級剣士の抜刀より速いぞ。


6 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:32:30 ID:mob_chara

 >>5

 ファッ!?

 ただの料理シーンだろwww


7 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:33:00 ID:video_analyst

 >>6

 いや、マジだって。

 「硬い筋があるなー」とか言いながら、ミスリルナイフでも折れる腱をサクサク切ってる。

 こいつ無自覚でとんでもないことしてるぞ。


8 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:34:10 ID:ice_love

 まあ強さとかどうでもいいよ。

 重要なのは、最後の「あーん」だ。

 あれでレイラ様が完全に落ちた音がした。


9 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:34:45 ID:dungeon_master

 「旦那様」とか寝言言ってたしな。

 特定班まだか? あの男、どこの誰だよ。


10 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:35:00 ID:net_police

 現在、全力で特定中。

 服装と声紋から、都内の高校生の可能性が高い。


11 :**名無しの探索者**:202X/06/15(月) 08:35:30 ID:mob_chara

 とりあえず、末永く爆発しろ。


          ◇


 屋上のフェンス際。

 爽やかな青空の下、俺は神崎レイラに壁ドン(される側)されていた。


「天堂ヤマトさん。責任、取ってください」


 レイラの蒼い瞳が、逃がさないとばかりに俺を射抜く。

 距離が近い。吐息がかかる距離だ。いい匂いがする。


「せ、責任って……俺、そんな酷いことしたかな?」

「酷いですよ。あんな美味しいものを食べさせておいて、今日からまた不味い保存食に戻れなんて、殺す気ですか?」

「あ、そっちの話?」


 俺はほっと息を吐いた。

 てっきり「勝手に体に触った(洗濯した)」とか「寝顔を全世界に晒した」とかで訴えられるのかと思った。


「つまり、またご飯を作れと?」

「はい。専属シェフとして、私の胃袋を管理してください。朝昼晩、おやつも込みで」

「3食全部!?」

「不服ですか? 報酬なら弾みます。S級素材でも魔石でも、なんでも持ってきますから」


 彼女の目は本気だった。

 飢えた野獣の目だ。昨日の角煮がよほど効いたらしい。

 まあ、料理をするのは嫌いじゃないし、貴重なダンジョン食材が手に入るなら、悪い話じゃないか。


「……わかったよ。お弁当くらいなら作るよ」

「本当ですか!?」


 レイラの表情がパァッと輝いた。

 さっきまでの氷のような威圧感が消え、年相応の少女の笑顔になる。

 ……うん、悔しいけど可愛い。


「ありがとうございます、旦那様! じゃあ早速、今日から私のマンションに引っ越してきてくださいね。合鍵も用意しましたし、荷物は業者が運びますから」

「えっ」

「あ、お風呂も背中流しますね? 【洗濯】スキルがあれば一緒に入っても水が汚れませんし」

「ちょ、待て待て待て! なんか話が飛躍してない!?」


 俺がツッコミを入れた、その時だった。

 レイラのポケットでスマホがけたたましく鳴った。


「失礼。……もしもし? はい、神崎ですが」


 彼女は不機嫌そうに電話に出たが、相手の言葉を聞いた瞬間、きょとんとした顔になった。


「……え? サーバーが落ちた?」

「?」

「……昨日のアーカイブ動画の再生数が1000万回を超えて……配信サイトのサーバーがダウンした?」


 レイラがゆっくりと俺の方を見る。

 俺は屋上の空を見上げた。

 雲ひとつない快晴だ。


 どうやら俺の知らないところで、世界はすでに手遅れだったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る