第3話 笑顔の作り方(教育用)
アイトーンの背は、思ったより静かだった。
救出されたばかりの少女は、
巨大な羽毛と金属の床の境目にちょこんと座り、膝を抱えている。
檻の中と同じ姿勢。
同じ無表情。
違うのは、鎖がないことだけだ。
「……連れてきたはいいけど」
リュクスが工具鞄を肩にかけたまま、淡々と言った。
「子供を育てるなんて、できませんよ」
「なんとかなるって」
ピッコが即答する。
「人手は足りないし、雑用増えるのも助かる」
「新しい血が入るのはいいことだ」
トンはいつもの調子で頷いた。
「環境に慣れれば動きも良くなる」
誰一人、「可哀想」とは言わない。
誰一人、「どうする?」とも言わない。
カオリだけが、満足そうに手を叩いた。
「決まりね。私がママ!」
一瞬、風が止まった。
「じゃあ俺は金勘定する親戚のおじさんだな」
ピッコが指を折る。
「教育には口出ししないけど、請求書は見るタイプ」
「俺は、家を直す無口な近所の大工でいい」
トンが言う。
「壊れたら直す。それだけだ」
全員が自然に役割を受け入れた。
リュクスだけが、わずかに眉を寄せる。
「……私は父親ではありません」
「はいはい」
カオリが軽く流す。
「じゃあ“仕事ができすぎる同居人”ね」
「一番逃げ場ない役じゃん」
ピッコが笑った。
少女は、そのやり取りをじっと見ていた。
意味は分からない。
でも、怒鳴られない。
殴られない。
値踏みされない。
――ただ、役割が決まった。
「しかしこの子」
カオリがしゃがみ込んで、少女の顔を覗き込む。
「全然笑わないわね」
少女は反応しない。
「ねえリュクス」
カオリが振り返る。
「見せてあげなさいよ。子供は人形劇が好きなんだから」
リュクスは小さくため息をついた。
「……子供の扱いなど専門外ですが」
そう言いながら、工具鞄を開く。
「舞台人の端くれとして、“観客”を退屈させるのは本意ではありませんね」
取り出したのは、
関節が異様に多い、ピエロの人形だった。
笑顔。
だが、目が多すぎる。
歯も多すぎる。
「うわ、教育に悪そう」
ピッコが即座に言った。
リュクスは無視した。
指先が動く。
ピエロは重力を無視して宙返りを決め、
空中で花束を出し、
次の瞬間、自分の顔を分解して組み替えた。
「ようこそお嬢ちゃん!」
ピエロが叫ぶ。
「絶望の世界へ!」
腹話術だった。
完璧すぎる声色。
「君の心臓は何色かな?」
ピエロが首を傾げる。
「刺して確認してみようか! ヒヒヒ!」
「怖いよ!」
ピッコが叫ぶ。
「セリフのチョイスが完全に教育に悪い!」
だが、少女は――
じっと、見ていた。
瞬きもせず。
逃げもせず。
そして。
「……あはっ」
小さく、声が漏れた。
全員が止まる。
「笑った!」
カオリが両手を上げる。
「笑ったわよリュクス!」
少女は、ピエロを指差した。
「すごーい」
声が、はっきりしている。
少女は首を傾げる。
「ピエロじゃなくて、本物の人間を操った方が、もっと面白そうだね」
沈黙。
リュクスは、満足げに頷いた。
「……鋭いですね」
「それは次回の課題にしましょう」
「次回とかあるの!?」
ピッコが叫ぶ。
「感動返せ! この子、笑った理由が俺たちと同じだよ!」
カオリが少女の頭を撫でる。
「楽しいでしょ?」
「うん」
少女は頷いた。
「もっとみたい」
「名前は?」
カオリが聞く。
「……レイレイ」
その名を、初めて口にした。
リュクスは人形を片付けながら、淡々と言った。
「では、初級レッスンです」
レイレイが顔を上げる。
「このピエロの目を」
リュクスは指を立てる。
「瞬きさせずに
「はーい、パパ!」
一瞬、空気が凍る。
「……師匠と呼びなさい」
「はーい、師匠!」
ピッコが天を仰いだ。
「家族の始まりがこれでいいのかよ……」
だが、レイレイは笑っていた。
今日、初めて。
こうして一座に、
笑顔で残酷を学ぶ少女が加わった。
それを止める者は、誰もいなかった。
『空腹の神と人形劇団――少女は英雄を人形にする――』 エートス記録官 @doar
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