第2話 偽りの平和の祭典 ―沈黙の檻―
その街は、平和だった。
少なくとも、見た目は。
白い石畳。
花で飾られた噴水。
陽気なバグパイプの音が流れてくる。
中央広場。
円形の舞台を囲むように、着飾った市民たちが拍手を送っている。
舞台の上には、鎖に繋がれた魔族たち。
鎖が触れ合う硬質な音と、甘い焼き菓子の匂い。
「本日は我が街の誇り!
魔王軍を退けた勇者たちによる――
《教育的処刑》をお届けします!」
市長の合図とともに、元冒険者たちが磨き上げられた剣を抜く。
観客は沸き立った。
誰も、彼らが流す血の匂いに疑問など持たない。
――そこへ、巨大な影が落ちた。
空を覆う翼。
風圧で旗がちぎれ飛ばされ、音楽が止まる。
アイトーンが、広場の時計塔を歪ませながら静かに着地した。
「……また、趣味の悪い催しだ」
「脂の回った悪意の匂いがして、食欲が失せる」
低く唸るアイトーンの背で、カオリが鈴の鳴るような声で笑った。
「いいじゃない、アイトーン」
「入り(チップ)は期待できそうよ。こんなに『熱心な』観客が揃っているんだもの」
人々が後ずさる中、
その背から一座が降りる。
魔導書を抱えた女。
金貨を弄ぶ道化。
無骨な整備士。
そして、糸を操る人形使い――リュクス。
「おやおや?
歓迎されてないみたいね」
カオリは魔導書を開く。
拡声魔法が起動し、彼女の艶やかな声が街全体に降り注いだ。
「さあさあ、清廉潔白な市民の皆さーん!
今日は素敵な“裏公演”をお見せしまーす!」
カオリが楽しげに指を振ると、街の空気が凍りつく。
「この檻の中の魔族さんたち。実は魔王軍の残党なんて嘘」
「去年、あなたたちが開拓のために焼き払った村の、ただの生き残りなのよ?」
静寂。
そして、広場に嫌なざわめきが走る。
「市長さん。あなた、魔族の襲撃を自作自演して、彼らを『復讐ショー』の道具にしてんでしょ? 恐怖を煽って、英雄を演じるために」
「黙れ! 異形の徒め! それは街の団結を守るための、崇高な――」
「はい、不合格」
カオリが冷たく言葉を遮った。
「悪党なら悪党をやりなさい。聖人の仮面を被ったまま血を売るなんて、演出として最低だわ」
次の瞬間、リュクスの指先が淡々と弾かれた。
魔糸が空気を裂く。
冒険者たちの剣が持ち主の意思を裏切り、その喉元へ突きつけられた。
鎧が軋み、肉を締め上げる。
「……人を操る必要はありません」
リュクスが工具鞄を提げたまま、舞台の上へと音もなく降り立つ。
「彼らが信じ切っている『正義の装備』という構造を操れば、人は勝手に踊りだす」
魔族たちの鎖が断ち切られた。
だが、彼らは自由になったわけではなかった。
彼らもリュクスの糸に操られる
魔族たちが武器を手に取り、冒険者たちへ襲いかかる。
その動きは、あまりにも完璧すぎた。
悲鳴が上がる位置。
血が噴き出す高さ。
冒険者が絶命し、転がる順番。
地獄絵図のはずの光景が、リュクスの指先一つで、計算し尽くされた「演目」へと変貌していく。
「復讐は、ただの暴力では退屈です。そこに様式美が伴って、初めて“至宝”となる」
リュクスの声は、どこまでも冷ややかだった。
広場は、誰一人として拍手を送らない静かな処刑場となった。
その惨劇の中心に、少女がいた。
檻の奥で膝を抱えたまま、微動だにしない魔族の少女。
彼女は泣かなかった。家族の仇が死ぬ姿を見ても、歓喜さえしなかった。
ただ、無機質な瞳で、リュクスが紡ぐ「死の糸」を見つめていた。
身体が不自然に折れ、肉が形を崩していく「美しさ」だけに、その瞳が微かに揺れる。
「……あの子、値踏みしてるぜ」
ピッコが金貨を弄びながら、皮肉げに呟いた。
「自分を殺しに来た連中の命を、ただの『素材』として見てやがる」
祭典は終わった。
街から「正義」は消え去り、ただ重苦しい毒のような後悔だけが沈殿していた。
一座がアイトーンの背に戻る。
カオリが、少女の前にしゃがみ込んだ。
「ねえ。怖かった? それとも、楽しかった?」
少女は答えない。
カオリは彼女の顔を覗き込み、満足げに手を叩いた。
「この子……リュクスに似てる! “世界に何も期待してない顔”がそっくりだわ!」
「……子供は面倒です」
リュクスが工具をしまいながら呟くが、カオリは意に介さない。
「一緒に行こうか。新しい世界へ」
一拍遅れて、少女は立ち上がった。
巨大な翼が羽ばたき、街が遠ざかっていく。
少女は、居住区の金属と羽毛の境目にちょこんと座り、再び膝を抱えた。
檻にいた時と同じ姿勢。
違うのは、もう彼女を縛る鎖がないことだけだ。
空を運ぶ獣が、次の舞台を求めて飛び立つ。
少女は笑わない。
何も言わず、空を見ていた。
糸の存在を、
まだ知らないまま。
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