十三:迎入

「閉じたら……忘れちゃうんですか」

 青年は確かめるように呟いた。


「忘れないために、しおりがある」

 閻魔は吐くように言った。


 市の喧騒が遠くで続いている。題名が飛び、約束が売られ、次が呼ばれる。終わらない仕組みが、よく回っている。


 だが青年の手の中で、赤い紐だけが静かに、光を弾いていた。


 青年はゆっくりと顔を上げた。

「……あなたは、何者ですか」


 閻魔は答えに詰まった。

 名誉職、と言えば嘘になる。王、と言えば虚しい。裁判官、と言えばもう裁けない。


 胸元の塊が、小さく震えた。

『えんま様は――』


 塊は言いかけて、言葉を選んだ。

『――終わりを、渡す人です』


 青年は赤い紐を握りしめた。

「終わりを……」


 青年は呟き、そして――初めて、笑った。

 薄い笑いではなかった。破れない笑いだった。

「ありがとうございます」

 その言葉が、閻魔の胸を貫いた。


 閻魔は何も言えなかった。言えば、また裁きの言葉になってしまう。裁きの言葉では、この青年に届かない。


 閻魔は、ゆっくりと息を吐いた。

 そして――初めて、迎え入れる言葉を口にした。

「いらっしゃい」


 青年が顔を上げた。

「……え?」


「ここへ」

 閻魔は言い直した。

「お前の物語へ」


 その瞬間だけ、青年の肩がほんの少し下がった。

 救われたのではない。――ただ、頁を閉じる準備ができた。


 閻魔は思った。

 地獄の意義とは、罰ではなく、区切りだったのかもしれない。

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