十:本音

「なぜ、そこまでして書く?」

閻魔には、裁判の言葉が出てこない。代わりに、ただの質問が出た。


 青年はすぐ答えなかった。すぐ答えない沈黙は嘘じゃない。痛いところに触れた沈黙だ。

「……読まれたとき、軽くなるんです」


「軽く?」


「はい。誰かが“面白い”って言った瞬間だけ、軽くなる。現世で言うところの救いに、ちょっと似てる」


 閻魔の胸が微かに疼いた。

「だが、お前は救いはいらないと言った」


「救いはいらないです」

 青年は即座に首を振った。あまりに即座で、閻魔は逆に怖くなった。


「救われたら、終わっちゃうじゃないですか」

 青年は笑った。笑いは薄い。薄い笑いは膜みたいに破れやすい。


「救われたら“完結”する。完結すると次がなくなる。次がなくなると、怖い」


「終わりが怖いのか」

「怖いっていうか……損です」


 青年は言った瞬間、少しだけ目を伏せた。自分でも下品だと思っている顔だ。だが、その下品さが本音だ。


「損って言葉を使うと、全部が軽くなるんです。軽いと続けられる。重いと続けられない」

「続けるために、軽くする」


 青年は紙束を抱きしめた。

「僕、最初は“救う話”を書こうとしてたんですよ。主人公が救われて、みんな救われて、最後に静かに終わるやつ。……でも、誰も押してくれなかった」


 閻魔は息を呑んだ。

「押す?」


「印です。反応。あれがないと、僕の中の釜が冷える」

 青年は冗談みたいに言った。冗談の形をしているのに冗談じゃない言葉だ。


 そのとき、遠くの屋台で誰かが叫んだ。

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