八:回転

『えんま様、私、終わりたいです』

 塊が絞り出すように言った。


 閻魔は初めて理解した。

 この世界は地獄の未来の姿ではない。

 地獄が“娯楽化”して自走している姿だ。


 そして――案内役さえ、回転の部品になる。


 怒りが喉の奥で鈍い塊になった。吐き出せない。裁きとして形にできない。形にできない怒りは、ただの煩悩に近い。


 そのとき、道の端でうずくまる若者が目に入った。屋台にも寄らず声も出さず、紙束を抱えている。誰にも売っていないのに、紙束から離れられない人間の姿だ。遠くから熱狂の叫びが聞こえてくる中、この青年だけが静かに渇望の渦に飲み込まれているようだった。


 閻魔はそこへ歩いていき、半ば投げるように言った。

「お前は何だ。罰を受けているのか」


 青年は顔を上げた。目の下に薄い影がある。寝ていない目だ。寝ていないのに、何かを見張る目だ。


「罰……?」

 青年は一瞬だけ考え、肩をすくめた。

「違います。これ、楽しいんです」


 その言葉が、閻魔を殴った。

「楽しい?」


「楽しいから、止まらない」

 青年は紙束を抱え直した。紙の角が擦り切れている。擦り切れるほど触っている。触っていないと落ち着かないのだろう。


「あなた、新規さんですか?」

「……何だ、それは?」

「新規の亡者。いや、亡者って言い方は古いか。ここ、そういうの嫌がる人多いんで」


 青年は周囲をちらりと見た。屋台の主の声が飛ぶ。


「更新!」

「伸びてます!」


 青年の指がぴくりと動いた。反射で。

「僕は書く側です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る