六:推執

 推し。

 その言葉を聞いた瞬間、閻魔の中で何かが音を立てた。


 どの区画も似ていた。微妙に味付けが違うから次が欲しくなる。次が欲しくなるから止まらない。亡者たちは熱狂し、互いに題名を勧め合い、ますます深みにハマっていく。


 閻魔は再び気づいた。

 どの区画の看板にも、最後に同じ札がぶら下がっていることに。


「――転生して、最初から」

 どの煩悩も、そこへ吸い込まれていく。剣も恋も謎も、最後は「やり直し」という蜜に溶ける。


 亡者たちは目を輝かせ、紙束を掴み、題名を叫び合う。ある男は「続き! 続きをくれ!」と屋台主にすがりつき、別の女は「これで満たされる……いや、まだ足りない!」と独り言ちながら、次へ次へと移動する。


 救いの糸など、誰も見ていない。

 探してもいない。

 熱狂の渦中で、誰もが自らを永遠の虜にしている。

 閻魔は朱筆を握りしめた。握りしめないと、自分も紙束の山へ滑り落ちる気がした。


『えんま様、いいの見つけました? これ、いま熱いですよ!』

 胸元の塊が、ぴとりと甘えた。


 閻魔の足が――勝手に一つの屋台へ向かった。

 題名が妙に目についた。やけに自分に語りかけてくる。


「元・裁判官、現世で“正しく裁かれなかった者”として転生――」


 その札を読んだ瞬間、閻魔の胸がありえないほど軽くなった。軽さは快楽だ。快楽は正しさの仮面を被る。閻魔はそれを冥府で散々見てきたはずだった。だが自分の胸で起きると話が違う。


 閻魔は自分に、久しく忘れていた恐怖を感じた。

 ここでは欲望が王を平等にする。裁く者でさえ、“読者”に落ちる。

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