三:鬼無

 閻魔は獄卒を探した。槍を持ち、淡々と執行する鬼の姿を。

 ――いない。


「鬼は?」

『鬼は転職しました!』

『いまは“推す係”です! ほら、あそこで!』


 指などないのに塊は“指すように”震えた。そこにはツノのない人々がいた。ただ、目がやけに澄んでいる。澄んでいるが、澄みすぎて怖い。

 彼らは槍を持っていない。代わりに紙束を持ち、笑顔で囁いていた。


「これ、刺さりますよ」

「次、いけます」

「伸びてます」


 閻魔の背筋に一筋の汗が流れた。執行という概念だけが宙吊りになっている。責め具が消えた場所に、欲望の自走が置かれている。


 市はただの雑多な並びではなかった。区画がある。小世界ごとに分かれ、まるで地獄の刑場のように、亡者たちをそれぞれの煩悩に引きずり込んでいた。


 まず「剣と魔法の区画」。

 閻魔が足を踏み入れた瞬間、一人の男がすれ違いざま、呟いた。


「――ついに、無双する」


 男の目は虚ろだった。虚ろなのに、輝いている。その矛盾が閻魔の胸を突いた。男は抱えきれないほどの紙束を両腕に抱え、足元がふらついているのに、屋台へ向かって歩き続ける。


 男が屋台の前に辿り着き、主と目を合わせた瞬間だった。

 待ち構えていたように、主が声高に叫んだ。



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