二:釜無

 眩しすぎる青空の下に、閻魔は立っていた。

 足元は木の板。空気は軽い。硫黄の匂いはしない。呻き声もない。代わりに声が飛ぶ。甘い声だ。軽い声だ。急かす声だ。


「新作 第一話! ここから入れます!」

「転生! 今度こそ報われる!」

「最初からやり直し! 失敗なし!」

「続きあります! 伸びてます! 勢いあります!」


 胸元で塊が満足そうにぷるんと震えた。

『到着です! ここが“物語の市”! ――えんま様、まずは何から読みますか?』


 閻魔は、ゆっくり息を吐いた。冥府の王の呼吸ではない。見知らぬ世界の入口で、条件反射的に呼吸する、ただの者の呼吸だ。


「……ここはどこだ?」

 地の底から湧くような低い声が響いた。冥府の王の声だった。


 だが市は怯えない。面白がる目だけが集まる。


「おお、役者だ」

台詞セリフが強い」

『強い台詞、伸びますよ!』


 閻魔は視線を巡らせた。まず足元を見た。針の山があるはずだった。血の池があるはずだった。焦げた鉄の匂いと硫黄と呻き声の濁流が。


 だがあるのは木の板と、紙の匂いと、やけに明るい空気だけだった。


「釜はどこだ?」

『釜? さすがえんま様、旧コンテンツのことですね!』

『今は“続き”が釜の代わりです! じわじわ煮えます!』


 閻魔は笑うべきか怒るべきか分からなくなった。

 釜は痛い。痛いものは終点が見える。だが“続き”は痛くない。その代わり、終点が見えない。


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