一:転生

 どこかで冥府の鐘が鳴った。裁判開始の鐘ではない。別の鐘だった。軽い音だ。人を急かす音だ。閻魔が知らない音だ。

 その音に合わせて、廊下の空気が――ぬるり、とゆらめいた。


 閻魔の足元に、何かが落ちた。


 ぷるん。


 掌ほどの半透明な塊。ゼリーのようで、しかし生き物の気配がある。塊は一度だけ跳ね、当然のように閻魔の袴の裾へ貼りついた。


「離れろ」

 閻魔が言うと、塊はぷるぷる震えた。震えながら、声を出した。声は、やけに甲高く、明るかった。


『おめでとうございます、転生が確定しました!』


 閻魔は固まった。

「……転生?」


『はい! 異世界現代行きです! ランクは――えーっと……“名誉職”! すごい!』


 名誉職。

 さっき自分をお払い箱にした言葉が、今度はマスコットの口から飛び出した。閻魔は喉の奥に痙攣を感じた。怒りではない。屈辱に近い。


「私は閻魔だ。誰が私を転生させる?」


『え? 世界です!』

 塊は当然のことを言う調子で明るく答えた。


『裁きが分散されたので、あなたも分散です! ほら、需要に応じて!』

「需要……またしても!」

 閻魔が、辺りを薙ぎ払うほど声を荒げた瞬間、塊がさらに密着した。励ますみたいに、ぴとり。


『大丈夫です! 転生先にはいっぱい”裁き”があります! 毎日あります! 毎秒あります!』


 毎秒。

 閻魔は嫌な予感しかしなかった。


『さ、初期設定いきますね! 名前は―― ”えんま様” でいいですか? それとも ”エンマちゃん” ?』


「やめろ」


『称号は――”元・王” でいいですか? ”伝説の裁判官” も人気ですよ!』


「やめろと言っている!」


『あ、じゃあ”伸びしろ”にします? は強いですよ!』


 伸びしろ。その言葉が閻魔の胸のどこかを逆なでした。

 塊はぴょんと跳ね、閻魔の胸元までよじ登った。そして最後通牒みたいに言った。


『転生は、拒否できません! ――では、いってらっしゃいませ!』


「いってらっしゃいませ?」


『はい! 、より先に必要な言葉です! だって、あなたはもう戻れませんから!』


 戻れない。

 その瞬間、世界がぐるりと反転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る