第五話〜銃声〜

 「隊長!」


 職員室に着くと、何人かの皇国軍属の教師、それに隊長の姿があった。


 「おお、アキラ、悪いな……呼び出してなんだが身体はもういいのか?」


 声は努めて明るくしているようだが、浮かべている表情は厳しい。


 「はい、問題ありません。状況について教えてください」


 俺の言葉を聞いた隊長は、はあー、と深いため息をつくと職員室の窓から見える空に向かってクイッと顎をやる。


 「あれだよ、光の魔法陣。予知司令もないのに突然現れやがった」


 確かにいつもの丸っこい訳わからん文字が書かれた光の円が発現している。

 だが、妙だ。


 「いつもならすぐに光の柱が出てくるはずですが、まだ?」


 「ああ、出ていないんだ柱も、敵も。どうなってんだか皆目見当もつかねえ」


 頭をぽりぽりと掻く隊長はジッと外の景色を捉えたままだ。


 「地区防衛隊本部と皇国軍地区本隊に連絡は?」


 「それがよ、繋がらねえんだ」


 は……?繋がらない……?

 もしかして


 「衛星通信ができない……ということですか?」


 「……ああ」


 と呟くだけだった。

 それも致し方がない、今までこのような状況になったことはない上連絡も途絶。

 完全に孤立したのだ。

 いくつか問題はある、この校舎内だけが通信不能なのか、それともこの地区、あるいは州、もしくは皇国全土で……大規模な侵攻だった場合通信途絶したこの状況は非常にまずい。


 「隊長、校舎内にはシェルターがありますから一先ず非戦闘員の安全確保を優先しましょう、それから校舎外、地区の状況が気になります。状況把握のため俺が行きますよ」


 うーむ、としばらく俯いた後で一言


 「ダメだ」


 と呟く。


 「非戦闘員の避難に関しては避難誘導係の教員が行なっているから大丈夫だろう。ただし、校舎外状況把握のためにお前を行かせるわけにはいかない」


 「なぜですか」


 こちらを向いた隊長の顔は先ほどよりも強張っていた。


 「生徒は全員帰宅させた、戦闘生徒も含めてだ。つまり、今ここには敵のサイコキネシス防御部隊……魔導部隊に対抗できるのはアキラ、お前しかいない。もしお前がいなくなった後で敵が来たら我々は為す術もなく全滅する……それに護衛対象者がここにはいるだろ?」

 

 そうか……それに、アカネ……アカネの護衛用アンドロイドでもある俺は敵部隊を殲滅しアカネの生命をも護らなくてはならない。


 「隊長……了解しました」


 ぐっと拳に力が入る、今までにない状況の中でもやるべきことは明白なのにやることができない、歯痒さと無力さに押し潰されそうだった。


 「まあよ、敵さんだってまだ来ていないわけだし落ち着けよ」


 そんな俺を見たのか隊長が静かに声をかけてくれる、アカネのことをもう高校2年生なのに、なんて思ったくせして俺もまだまだ大人にはなりきれていないようだ。


 と、しんと静まり返ってくれていたおかげか、緊張感のおかげか、微かだが階段を駆け上がる足音が聞こえた。

 ……まさか!敵か!?


 「隊長!職員室正面階段!微かですが足音確認しました!」


 ピクッと肩を震わせた隊長。


 「各自武器を!近接戦闘用意!可能ならば着け剣!アキラ!射撃許可!」


 しっかりとした指示を繰り出す。

 すると教師達がデスクやロッカーから各々の武器を次々に取り出し始めた。

 おいおい物騒な学校だな、物騒のレベル超えてるよ。


 '''射撃許可命令を確認、携行武器確認……'''


 と、こちらも毎度丁寧な自動アナウンス、いい加減聞き飽きてどうにかなりそうだ。


 '''通信エラー、自動攻撃システム発動不可、マニュアルモードへ移行します'''


 ん……?はっ?!ま、マニュアル?!嘘だ……あ!衛星通信できねえんだった!こんな時に……クソッ!

 焦っていても、微かに聞こえる足音が近付いているのが分かる。


 1人の足音ではない、2人、3人……3人か。

 ふぅー、と息をついて落ち着かせる。

 落ち着いて冷静になると職員室内は緊張で包まれ誰かが飲み込んだ唾の音でさえ反響するような、そんな状況だった。

 俺だけじゃない、みんな同じだ、やることをやるんだ。

 そう自分を鼓舞していると、足音が教室前でピタリと聞こえなくなった。


 沈黙、一瞬だろうがその一瞬で時間が止まったような感覚。

 それを破ったのが、隊長だった。


 「誰か!」


 落ち着いているが威圧するような、重い声色。

 すると扉の向こうからは


 「こちら大東皇国陸軍地区防衛小隊!無事か!」


 と、あちらさんは少し安堵したかのような、明るく落ち着いた声だった。

 職員室内も少し、緊張が緩む。


 「こちら全員無事!各員武器下ろせ!攻撃命令解除!」


 隊長の声を聞いた後で慎重に扉が開かれると黒い戦闘服に身を包んだ兵士が3名、姿を現した。


 「大東皇国陸軍地区防衛小隊所属3名!周辺地域状況把握のため校舎内を偵察しておりました!私はウエノ、こいつらはシンバシとカンダです」


 恐らくこの部隊の隊長だろう、30代半ばほどの兵士が我が隊長に挨拶をすると2人の兵士が敬礼をする。

 おお〜軍隊っぽい。


 「ああ、よろしく、俺は一応この場を仕切っている皇国軍属教師のカミゾノだ。もう軍人、ではないが普段は正門前の坂を下った先にある交差点でアンドロイド前線部隊を指揮している」


 と、俺に目をやるカミゾノ隊長。


 「あー、どうも、隊員のゲンドウアキラです、よろしくお願いします」


 兵士に挨拶なんてしたことがないので少しドギマギしてしまった。

 よろしくね、と微笑み返してくれるウエノさん。

 あ、絶対優しい人だ。

 よく見ると引き締まった体格が戦闘服の上からでも分かる……脱いだらすごそう。

 思わず見惚れていると、しゃんとせい!という声と共にお尻にバシンッ!と衝撃が。

 ってぇ!


 「ちょっ……!セクハラですよ!体罰ですよ!」


 思わず抗議の声を上げると隊長は慌てた様子で、うおっとすまん、とバツが悪そうにしている。

 こんな前時代的な価値観を有している人が教師とは……。


 「カミゾノさん、皇国軍から解脱できていないのでは?」


 とウエノさんは笑いながら言った後で大丈夫かい?と優しく俺に声をかけてくれた。

 あ、なんか惚れそう。


 「なに!今の若いもんはこれぐらいやらんと!」


 なぜか調子に乗る隊長、後輩に威厳見せたいとかそういう感じの人?結構いい人だと思ってたんだけどなー、と言うような視線を向けてやると


 「あーいや、しかし、限度はありますからな!」


 と思わず取り繕う隊長、その様子で周りからクスッと笑いが漏れ、雰囲気は和やかなものとなった。

 俺の尻を犠牲にして。


 

 「……さて、外はどのような状況ですか?」


 隊長の言葉を聞いたウエノさんは表情を曇らせた。


 「実は我々小隊は皇国軍他部隊と連絡が取れないのです。無線通信も試みましたが応答せず……今は小隊長の命令で班ごとに分かれて主要施設の偵察行動を行っている状況です。住民避難、非戦闘員の避難は警察と伝令のやり取りでなんとか連携していますので問題ないかと」


 伝令、もう高校野球でしか聞いたことのない言葉だ。

 この非常事態で各自がそれぞれの場所でやることをやっているのだろう。


 「そうですか……全く、どうなっているんだ」


 隊長が外に目をやったその時だった。


 ーーパァン!


 炸裂音と共に窓ガラスが割れ、キーンとした音が鼓膜を包む。

 咄嗟に伏せて携行武器に手をやる。

 なんだ?何が起きた?攻撃、どこから?光の柱は出ていなかった。


 ーーパァン!


 ーーパァン!


 ーーパァン!


 止まない炸裂音と割れて落ちるガラスの音、ピュンッ!と跳弾音も聞こえる。

 跳弾?銃?今まで銃での攻撃なんて無かった。

 本当に何が起きているんだ?


 「カンダー!!!おいっ!カンダ!」


 ウエノさんの絶叫がキーンとしている鼓膜に鈍く、重く、遠く、響いた。

 先ほどまでの落ち着いた声色ではない。

 

 「しっかりしろ!カンダ!」


 声の方へ視線を向けると、そこにはダラリと腕を下げ、虚になった目をこちらに向けてウエノさんの腕の中で動かなくなった兵士の姿。


 あっ……あっ、あ……し、死んでる、ひ、人が、人が……ち、ち、血が……。


 「おい!しっかりしろ!おい!」


 他にも聞こえてくる教師や兵士の声。

 止まらない炸裂音、辺りを掠める跳弾の音、鼻をつく……血の匂い。


 「カミゾノ隊長!指示を!指示を!カミゾノ隊長!」


 こだまする教師の絶叫、そうだ!隊長!早く射撃命令を!

 我に返り辺りを見回す。

 ひゅーひゅーという空気が抜けるような呼吸音が聞こえた。

 その中に混じる消えてしまいそうなか細い声。


 「……ア……キラ……しゃ………はあ……しゃ……げき……う''ぅ''……きょか」


 '''射撃許可命令確認'''


 「隊長……隊長?!」


 隊長は腹部を抑え、口から血を流しながら俺のすぐ横に倒れていた。


 「隊長!しっかりしてください!隊長!」


 「あ……かね……と……なかよ……く」


 そう言うと、ぐふっと吐血した後で、腹部を抑えていた手の力が弱まったのか、血液が川のように流れ出した。

 思わず手を取り肩を揺する、虚になった目、しかし微かに唇が上がっている。

 

 '''命令権者の生命活動停止を確認、自動感知制御システム起動、味方識別信号発信者への射撃予備行動をとった場合アンドロイドシステムは強制停止します、射撃許可命令は有効です'''


 冷たく脳に響く自動音声、隊長の血で染まる俺の手、職員室内はどこに撃っているのかもどこから撃たれているのかも分からない戸惑いのような銃声と、誰に向けてぶつければいいのか分からない理不尽に怒る怒声が反響している。

 先ほどまであった日常は、割れた窓ガラスのように砕け散った。


 人が、死ぬ。


 当たり前じゃないか、戦争なんだ。

 いつからだよ、隊長。

 俺のことアキラって呼んでくれたの。

 今日の朝はゲンドウだったじゃねえか。

 そうだよ、この人は朝は、昼は、俺が罰走していた時は、ついさっきまでは、生きていたんだよ。


 ーー生きて返さねえ。

 

 この胸に落ちた黒い雫が、スッと俺自身を染めていくような感覚を忘れることはできないだろう。

 俺は血の匂いを振り払うかのように職員室を飛び出した。

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異世界大決戦!〜戦闘型高校生の俺が「世界」を取り戻します〜 @G_man19

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