第三話〜喪失〜

 先ほどまでの戦闘が嘘のように静かだ。

 慌ただしかった校舎はしんとしており、廊下を歩く俺の足音だけが響いている。

 夏季カリキュラムは中止、警報解除後即時帰宅となっており部活動の練習も禁止。

 まだお昼前だというのに、ガランとした校舎は冷たく沈黙している。

 歩く廊下は心なしか薄暗くさえ感じた。


 教室からも物音は聞こえない、アカネは無事に帰っただろうか。

 ガラッと扉を引くと、


 「アキラ!」


 と聞き慣れた声、だけどこういう時の声はいつも少し震えている。


 「なんだアカネ、まだ帰ってなかったのか」

 「だって言ったじゃん、アイス奢るって」


 プイッという効果音がついてもおかしくないように顔を見事に俺から背けた。

 ほーん、本当は心配なところを隠そうとアイスを言い訳にするアカネもかわ…いや、俺は奢るとは言ってないんだけどな。

 こちらに目だけを向け俺の苦笑いを見て言わんとしたことが伝わったのか、今度はもー!と顔を少しぷっくりさせる。

 うん、やはりかわ…


 「本当に今日も大丈夫だった?怪我ない?」


 と、次に言葉をかけてくれる時には心配そうな表情になり、こちらへ近づいてくる。

 なんだか忙しそうだ。


 「本当に大丈夫!ほら!全然!血も出ていないし!」


 実際に出るのは血、というより、血と同じ色をした潤滑油、みたいな液体なんだがな。

 マジマジと全身を舐めるように隅々まで確認するアカネ、なんだか警察官の職務質問で身体検査をされているみたいだな、いや!されたことないけど!


 「まったくー!いつも心配してんだぞー!待っている身にもなれ!」


 と、身体検査……もとい確認を終えたアカネが俺の胸をトンっと小さな拳で俯きながらひと突きした後、こちらへ態勢を傾けてきた。

 まったくー!は、こちらのセリフだ。


 「はいはい、無事です、心配かけてごめんな」


 ちょっとぎこちないだろうか?できるだけ優しく腕を腰に回して背中をトントンと叩く。


 「もう!アイス奢りだからね」


 俺の胸から上目遣いで顔を覗かせるアカネ、やっぱかわ…

 「ふたつ!」


 え?なんか、恐喝された?増えた?かわかつ?

 きょとんとしていると、


 「だから!ノートの分と心配かけた分でふたつ!奢りなさい!」


 そう言っていきなりパッと俺から離れたアカネは優しく、しかしいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 まったくもー、やれやれ。


 「はいはい、分かりましたよ、ふたつね」


 俺の負けだ、ここはそのかわ…いや、お礼も兼ねて引き下がろう。


 「おーい、青春しているところ悪いんだが」


 しまった!扉を閉めていなかった!

 声の主へ振り向くとそこには仁王立ちする隊長。


 「ゲンドウ、忘れていないよな?」


 クイックイッと立てた親指で廊下の窓の向こうにある校庭を指している。


 「あー、はい、さいでした……今から行きます……」


 うなだれた俺の答えを聞くと満足そうに


 「よしっ!50周な!」


 とだけ言葉を残し去っていった。

 なに?罰走?集合にも遅刻しちゃったの〜?と背後で少し小馬鹿にするような声、さっきまでの青春はもう、ない。


 「アカネぇ〜アイスおご」

 「うん!また今度ね!警報も出ていないし、私はもう帰る!」


 満面の笑みで俺を置いてけぼりにする。

 じゃあね〜と手を振り去っていくアカネ……。

 くそっ、アイスだけ手に入れてとっとと帰りやがった……。



 真昼間、炎天下、砂舞う校庭、外周50周、野球部のような地獄のラン。


 もうダメだ、意識が、遠のきそうで遠のかない、アンドロイドだから。

 ああ、今度こそ、今度こそもうダメだ、き、気絶する……と思うだけだ、アンドロイドだから。


 しかし、遠のきそうで遠のかない意識の中、昔受けたアンドロイドに関する授業で知った知識が頭の中を走馬灯のように駆け巡り始めた。


 ああ、あれは小学校高学年の時アンドロイド講習をした髭が生えたハゲのおっさんーーー。

 なんで今こんなことが……。

 しかし、そのおっさんの言葉がガンガンと響き始めた。



 えー、アンドロイドは人間でいう肉体的な疲労は感じませんが、渇きや痛み、苦しさは感じますし、アンドロイドとは言え人間を模して製作されているので同じ位置に同じような役割をする、いわゆる人工臓器が存在します。


 ゆえに、息が上がると人工肺は苦しくなりますし、人工横隔膜が圧迫されればお腹も痛くなる、しかし疲労はないので動き続けることはできます。


 ええと、そうですね、まず動力源として血液と似た働きをする循環油が全身を巡っていまして、えー、人工臓器を動かす役割があります。

 そして人工心臓と呼びますが、この人工心臓が循環油の圧によってポンプのように動くことで全身に信号が送られ稼働することができるのです。

 さて、さきほどの痛みや苦しみに話を戻しますが、戦闘時被弾した際に痛みは感じますが腕が外れたり脚が故障したり、活動停止するようなダメージを負わなければ戦い続けることができる、というわけです。

 まさに無間地獄ですね、はっはっはっ。


 ……とまあ、痛覚や刺激器官を含めて他の人工臓器も人間と似たような働きをします、人間と同じように水や食物を摂取できますし、排出することもできます。

 なぜそうなっているのかと言えば、戦闘用アンドロイドが人間と共に暮らし、日々を共有することで庇護対象者……その人を常に護衛することを可能にするためです。

 また、人工臓器の洗浄や体内環境のため水の摂取はある程度必要でありこれも循環させています。

 そのために渇き、という刺激が必要なんですね。



 ……ぐへっ、長い、今何周だ……。

 なにが渇き、という刺激が必要じゃあのハゲ……。

 クッソ下手な説明しやがって……。

 ああ、頭が痛い。

 息も絶え絶え、気絶することができたならば、どんなに楽なのだろう。

 職員室の窓に視線をやると、隊長がこちらをじっと見ている。

 まさか、数えていたり……するか、するよな……。

 不幸だ、これが、夏休みの始まりだなんて、不幸だ……。

 ああ、ぼんやりとしてきた、また、ハゲの言葉がーーー。



 さらにこのアンドロイドは年齢ごとにモデルを指定することができ、最低年齢5才の姿から設定可能です。

 また、人間と同じように成長します。

 これはナノホルモンと呼ばれるアンドロイド用成長システムを組み込むことによって成し得ました。

 システムを止めることで成長を止めることもできますよ。

 もちろんアンドロイドに寿命はありません。

 さらに記憶感情自我データをクラウドにバックアップすることができるので故障して交換した際も安心ですね。

 しかし、当たり前ですが子供を残すことはできません。


 それから……バックアップデータのことで触れましたが、アンドロイドには感情や自我もあります。

 お子様の護衛用に購入する親御さんは忠誠心といいますか、愛着といいますか、仲間意識といいますか、まあそのような感情をアンドロイドに抱いてもらうため幼少期モデルを購入する方が多いですね。

 皆さんの周りにもアンドロイドのお友達がいるでしょう?

 まあしかし、アンドロイドが護衛者に対してどのような感情があろうとも守るために必ず戦いますので。

 そこはシステムにプログラムされていますし、管理者の命令や戦闘現場の命令がなければ攻撃ができないようにもプログラムされていますのでご安心を。


 ああ、そうだ、どれだけプログラムされているとは言ってもアンドロイド人権保護法により非人道的な扱いは犯罪になりますので、そこは勘違いしないでくださいね。

 そして特徴的なこととしてこのアンドロイドは全員ーー



 いい加減にしてくれぇ、なんでこんな辛い時に頭が沸騰するようなことを思い出すんだ……。

 ……あっ、まさか。


 '''警告。頭部システム内温度上昇、体内水温上昇、体内システムでの冷却不可。深刻なエラーを引き起こす危険があります。直ちに冷却してください。冷却方法は水を頭部に被るか氷を当てがいーー'''


 ーーブツン。

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