第3話:敬意は墓場まで
Ⅰ. 因果の炸裂
――ゴォォォォォォォォォンッ!!!
鼓膜を食い破るような轟音が、ベルンの夜空に炸裂した。 魔法兵たちが叩き出した音量は、もはや鐘の音色ではない。大気を物理的に殴りつける衝撃波となって、空へ突き抜けた。肌がビリビリと粟立ち、足元の石畳さえも悲鳴を上げるように震える。
直後、アクシオンの予言通り二つの現象が起きた。
一つは、音による「遮断」。
「!? ――総員、散か……ッ!?」
敵指揮官の声が聞こえた気がしたが、その命令は届かない。 鐘の残響があまりにも凄まじく、彼らが頼りにしていた「高周波の笛」の音を完全に掻き消したのだ。精緻な連携を武器としていた竜騎士たちは、突如として耳を塞がれ、指揮系統を失い空中で動きを止めた。この轟音は「通信途絶」を意味する最強のジャミングだったのだ。
そしてもう一つ。こちらこそがアクシオンの真の狙い。
「ギャアアアアッ!」
鐘の轟音と振動に、鐘楼で眠っていた数千羽の「閃光鳥」たちが限界を超えたパニックを起こし、一斉に飛び立った。 彼らの習性は――「驚くと、体内の魔力器官を暴走させて発光する」。
カッッッ!!!!
暗闇に慣れた夜空が、一瞬にして漂白された。 数千羽が一斉に輝けば、それは太陽にも匹敵する光量となる。数千の生きた閃光弾(フラッシュバン)が至近距離で炸裂したに等しい。 暗視魔法で視覚を強化していた騎士たちの網膜は焼かれ、竜たちも目を回して平衡感覚を失った。
「目が! 目がぁぁぁッ!」
「制御不能! ぶつかるッ!」
視覚と聴覚を同時に奪われた精鋭部隊の末路は、あまりにあっけない。 パニックに陥った先頭集団が急停止し、後続が突っ込む。空中で数百の竜が玉突き事故を起こし、将棋倒しのように墜落していく。
「……馬鹿な」
私は呆然と見上げていた。 落ちていく最強の騎士団。その背景で、白い鳥たちが光の粒のように舞う。戦慄するほど美しく、残酷な勝利の光景。
(風向きで音をぶつけ笛を封じる。鐘の振動で鳥を飛ばし目を焼く。……最初から、この盤面が見えていたのか?)
私が汚物として切り捨てた要素が、彼のパズルの中では最強の兵器となっていた。 私の論理では100年かけてもこの解には辿り着けない。いや、辿り着けたとしても実行する狂気がない。「失敗したら?」という恐怖に足がすくみ、結局は血の味がする「90点の正解」を選んでいただろう。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。悔しい。どうしようもなく妬ましい。 この男の目には、私の知らない理(ことわり)で編まれた世界が映っているのだ。
「ロキアス、指揮を」
アクシオンの声で現実に引き戻された。 彼は墜落していく敵には目もくれず、前髪の奥から静かな瞳で私を射抜いていた。
「仕上げは君の仕事だ。あんなデタラメな状況、君の魔法部隊じゃなきゃ制圧できないよ。落ちた竜はただのトカゲだ。君ならやれるだろう?」
……ずるい男だ。一番美味しいところを私に譲るというのか。 私は唇を噛み締め、震える手で剣を掲げた。
「総員、墜落した敵を包囲せよ! 一匹たりとも逃がすな! 我が軍の勝利だ!」
Ⅱ. 英雄たちの宴と孤独
戦いは、味方の死者ゼロという奇跡的な完全勝利で幕を閉じた。 城内は沸き返り、兵士たちは私を「神算鬼謀の英雄」と称える。誰もあの策がアクシオンの発案だとは知らないし、知ろうともしない。 彼は作戦直後、「鐘がうるさい」と大家に怒鳴られ、逃げるように姿を消していた。
深夜。 祝杯の喧騒から逃れるように、私は路地裏の粗末な酒場に入った。 薄暗い店内の奥に、その男はいた。安酒をあおりながら、つまらなそうに豆を摘んでいる。
私は無言で彼の向かいに座り、ジョッキを置いた。背中合わせの席だ。
「……最悪の気分だ」
私は酒を一口飲み、忌々しげに吐き捨てた。 私の襟元はきっちりと閉じたままだが、アクシオンはだらしなく開け、椅子に深く沈み込んでいる。背中越しの体温だけが彼の実在を伝えてくる。
「貴様のデタラメな絵図のせいで、寿命が十年は縮んだぞ。二度と御免だ」
心にもない悪態をつく。彼がいなければ、私は今頃泣きながら死体を数えていただろう。その事実を認めるのが癪で、わざと棘のある言葉を選んだ。
「人聞きが悪いなあ、石頭」
アクシオンの声は、どこか楽しげで、それでいて皮肉っぽく響いた。
「僕の繊細な芸術(アート)を『デタラメ』呼ばわりかい? ……ま、あんな無茶な脚本を力技で成立させちゃう君の指揮能力には呆れるけどね。普通の指揮官ならビビってタイミングを外し、鳥たちは光らずに逃げ惑うだけだった」
「褒めているようには聞こえんぞ」
「褒めてないさ。……ただの事実確認だよ。君みたいな『英雄様』が輝いてくれるおかげで、僕みたいな日陰者は安心して寝ていられる。感謝してるよ、優秀な盾役(タンク)さん」
グラスの中で氷がカランと鳴る音だけが、静寂を埋めた。
「せいぜい長生きしてくれよ。君が倒れたら、誰が僕の尻拭いをするんだい? 君以外の誰が、僕の『愚策』を『戦略』に変えてくれるんだ?」
その軽口に、私は眉をひそめた。振り返ろうとしたが、やめた。 今、彼がどんな顔をしているのか、見てはいけない気がしたからだ。自嘲か、それとも寂しげな笑みか。
魔力を持たず剣も振れない彼は、戦場の脚本を書くことしかできない。 どれほど優れた策も、彼一人では実行できない。彼の「120点の解」を形にするには、私の「90点の指揮」が必要なのだ。 その言葉の裏にある諦観や、私への屈折した期待を、私は一生理解したくはない。
「……ふん、減らず口を」 「君こそ」
私たちは互いに鼻を鳴らし、酒をあおった。ぬるくなったエールは苦く、けれど甘美な味がした。
言葉にはしない。「お前がいないと駄目だ」なんて、口が裂けても言ってやるものか。 この羨望も、嫉妬も、腹立たしいほどの敬意も、すべて墓場まで持っていく。
「次は北の国境だそうだ」
「やれやれ、また君の血なまぐさい『正解』に付き合わされるのか」
「貴様のふざけた『愚策』よりはマシだ」
私たちは背中合わせのまま、微かに笑った。 最強の、そして最悪の相棒と共に、夜が更けていく。
愚策士アクシオンと戦略家ロキアス ~その敬意は、墓場まで持っていく~ ジョウジ @NandM
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