第4話 【相克】善意という名の猛毒

 私は、微笑みながら震える少年の前に屈み込んだ。


 少年は、まるで大切な宝物を守るように、固く、固く手を握りしめている。


「……ぼく、おじいちゃんを、助けたかっただけなんだ」


 少年の声は、泣き出しそうなほど細かった。


 彼がゆっくりと開いたてのひらの中にあったのは――使い古された、小さな革製の『お守り』。そして、その中からこぼれ落ちた、数粒の茶色い錠剤だった。


「おじいちゃん、苦しそうだったから。……落とした薬を拾ってあげて。それを飲んだら

吐いちゃってね。ぼく、怖くなっちゃって」


 私はその錠剤を指でつまみ、鼻に近づけた。ツンとした、独特の漢方臭。


 これまで食べてきたスイーツの知識から、この薬の成分を脳内ライブラリで解析する。


「……これは、高麗人参をベースにした、強心剤ね」


 店内にいたパティシエが、ハッと息を呑んだ。


「強心剤……!?」


「限定モンブランって、確かソースをかけるでしょう?」


「はい。グレープフルーツの果皮から抽出された精油リモネンと、高濃度のアルコール。それが栗の脂質と混ざり合い、最高の香りを生むグレープフルーツ由来の特製リキュールです」


 私は、老紳士の食べ残したモンブランに目をやった。これこそが、占術における最悪のパズル、『相克そうこく』だ。


 相克とは、良かれと思って存在しているものが、組み合わさった瞬間に『互いを殺し合う毒』に変貌する。


 占術における禁忌タブーだ。


「それが、致命傷よ。柑橘に含まれる成分は、小腸の分解酵素を眠らせてしまう。老紳士の心臓を助けるはずの薬が、分解されずに通常の何倍もの濃度で全身を駆け巡った……。助けるための『火』が、制御不能の『劫火ごうか』に変わって心臓を焼き切ったのよ」


 少年の小さな肩が、震えだした。掌の中の錠剤が、まるで恐ろしい怪物であるかのように地面へこぼれ落ちる。


 私は優しく少年の髪を撫でた。


「ボク……。あなたが渡したのは、おじいさんを殺すための毒じゃない。でも、おじいさんの持病の薬と、この店のモンブラン用ソースに含まれる成分が、最悪の『運命の重なり』を見せたの」


 五行で言えば、火に油を注ぎ、その火が猛烈な勢いで『金(肺や心臓)』を溶かしたようなものだ。


 悪意はどこにもない。


 けれど、結果として老紳士の命の灯火を吹き消しかけている。


 恐らく、老人は一時的に心停止しただけ。だが、店内にAEDは見当たらない。


 救急車が到着するまでの数分間、この『相克』の毒を中和できるのは、私しかいない。


「……計算外だわ。これじゃ、私のモンブランどころか、老紳士の命すら救えないじゃない」


 私はドレスの袖をまくり上げ、鋭くパティシエを睨みつけた――。

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