第2話 【気学】死を招く3番テーブルと、小さな手のひら

「占いで犯人をって、まさか店内に……!」


 店員が困惑し、野次馬がざわめく。


 だが、私は止まらない。モンブランのクリームが劣化する前に、事件を片付ける。私の情熱は、犯人への怒りではなく、限定スイーツが食べられない現状に燃えていた。


 どさくさに紛れて帰ろうとする客に、私は怒鳴った。


「そこ、動かないッ!! いい、よく聞きなさい。救急車が来るまでの数分間で、私が事件を解決するのが、この店にとっても、この紳士の救出にとっても最短ルートなの! それとね、ケーキ屋の店内であっても、この世には『座っていい場所』と『死を招く場所』があるんだから」


 死を招くと聞いて、店内の全員が背筋を伸ばした。


 私はバッグから、使い古された方位磁石(羅盤)を取り出した。店内のアール・ヌーヴォーな内装に、いかつい東洋の道具がミスマッチに光る。


「今日は、五黄土星ごおうどせいが中央に座る日。つまり、中宮ちゅうぐゅうが猛烈な腐敗のエネルギーを放っている。店員さん、この老紳士が座っているテーブルの番号は?」


「……え、あ、3番テーブルです」


「3番……。南西の『こん』の位ね。本来は安定を司る場所だけど、今の時間は『日破にっぱ』が直撃している。それに、このテーブル……。妙に『もく』の香りが立ちすぎているわ。栗の甘さじゃない、もっと鋭い、特定の『火』を焚き付けるような――ここに座って無事でいられるのは、運気が並外れて強い人間か、あるいは――」


 私は扇子で、店内の人間を順番に指し示した。


 真っ青な顔で震えるパティシエ。


 早く帰りたいのか、苛立っているスーツの中年男。


 私の威圧感にビビるホール担当の女性店員。


「この三人のうち、この『死の座席』に近づいても影響を受けない、特殊な宿命を持っている者が一人だけいるわ」


 私の言葉に、ホール担当がビクりと肩を震わせた。


「私はただ、仕事としてお水を運んだだけで……」


「あなたは違うわ。あなたの『承光しょうこう』――眉の上のツボが、恐怖で激しく脈打っているもの。嘘をつける顔じゃない」


 私は次に、苛立っているスーツの男を真っ向から見据えた。男は高級そうな腕時計を何度も叩き、私を睨みつけている。


「なんなんだ、あんたは! オカルトを振りかざして客を止める権利があるのか? さっさと、警察を呼べ! 俺は大事な商談があるんだ!」


「オカルト? これは、精密な人間統計学だから。あなた、名前は?」


「……桐島だ。統計だろうとオカルトだろうと、どうでもいい」


「適当な偽名ね。あなたのその厚い唇と、横に張り出した頬骨……これは『虎鼻こび』の相。野心的で、目的のためなら手段を選ばない強欲者の顔よ。さらに、あなたの右耳の付け根には、さっきまでなかった『赤み』が出ている。これは【数霊かずたま】的に見て、事件から何故か逃げようとしている証拠だわ」


 私が一歩踏み出すと、男は目に見えて動揺し、後退りした。


「な、何を根拠に……!」


 男は顔を引きらせ、後退あとずさりした。


 私は周囲を見渡しながら、独り言のように続けた。


「右耳の『赤み』は、今の3番テーブルが放つ【数霊(かずたま)】の乱れを、あなたが最も近くで吸い込んだ証拠。……店員さん、この男が紳士の側に近付いた監視カメラの記録はあるかしら?」


「映像はありませんが、この方が紳士のお隣を通られたのを覚えています」


 外堀が埋まっていく。


 男は額に脂汗を浮かべ、必死に声を絞り出した。


「だ、だからなんだ! 隣を通っただけで犯人扱いか! 証拠を出せ、証拠を!」


「証拠なら、警察が来ればあなたの持ち物から出てくるでしょうね。……さあ、認めて、さっさと自首しなさい。そうすれば、私のモンブランが食べ頃なんだから」


 私は扇子で、男の胸元を冷ややかに指した。


 これで、完璧。

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