ヒミコの占術事件簿 ――全ての占いをマスターした私は、優雅なティータイムを諦めない――

冬海 凛

第1話 【卜骨】焦げた肩甲骨が、至高のモンブランの邪魔をする

「……良し! ひび割れの走り方は完璧。モンブランにありつくまで、今日は超絶大吉じゃん!」


 私――深見卑弥呼ふかみひみこ(20歳)は、カセットコンロの上でパチパチと音を立てる『猪の肩甲骨』を見つめながら、満足げに口角を上げた。


 普通、20歳の女子大生が朝からやる作業ではない。だが、私にとってこれは、メイクや着替えよりも重要な『生存戦略』だ。


 私は古今東西すべての占いをマスターした、いわば『運命の攻略者』である。


 目的はただ一つ。


 自由が丘に一日・五十食限定で現れる、最高級『和栗モンブラン【極み】』を一口も残さず、かつ事件に邪魔されずに完食すること。


 猪の肩甲骨を焼く『卜骨ぼっこつ』は、嘘をつかない。


 私は、熱した鉄の棒――通称『たく』を、猪の肩甲骨の裏側に彫った小さな窪みのさんへ、容赦なく押し当てた。


 ジッ、という肉の焦げるような、それでいて無機質な音が響く。


 骨の主成分であるリン酸カルシウムが熱で変質し、表面にピキッと亀裂が走った。


「幸運の枝分かれ! きた。これはレアだね、うん」


 今日の選択は骨占い――この 卜骨ぼっこつこそ、三千年前のいんの王が神の意思を問うた、呪術の原点。


 骨の裏を焼き、表に現れたひび割れ(兆)を読み解く。漢字の『卜』という形は、この時、走る亀裂そのものだ。


「……縦に走る『幹』に対し、右側に鋭く跳ねる『枝』。これは『内疏ないそ』ね。凶兆は去り、外側からの幸運が流れ込むの」


 私は慣れた手つきで骨を水に浸し、急冷させる。ジュッと立ち上る白煙は、どこか古の戦場の匂いがした。


「ふふっ、今日は事件の『じ』の字も出ない完璧な一日だわ。待ってて、Myモンブラン」


 お気に入りのヴィンテージドレスに身を包み、スキップするように家を出た。


 人目を避け、事件がなさそうな道を選んで通る。


 完璧だ。


 だが、目的地であるcafé『モン・トレゾール』の前に着いた瞬間、私の予言は、物理的な音を立てて崩れ去った。


「――きゃあああああ!!」


 悲鳴。


 それも、胃の底から絞り出したような、本物の恐怖に満ちた絶叫だ。


「でも、モンブラン食べたいし……」


 私が店のドアを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、優雅なアール・ヌーヴォー調の店内に似つかわしくない、椅子から崩れ落ちる老紳士の姿だった。


 その紳士の顔はドス黒く変色し、口からは白い泡。


 そして、彼が今まさに食べようとしていた『五十食限定のモンブラン』の上には、無残にもその吐瀉物としゃぶつがぶちまけられていた。


 私の思考は一瞬でフリーズし、次の瞬間、地獄の業火のような怒りが沸点を超えた。


「……限定になんてことを」


「お客様! 危ないですから下がって……!」


 駆け寄る店員を制し、私は一歩、また一歩と老紳士に歩み寄る。


「あなた! 突っ立ってないで、早く救急車を呼びなさい。それと警察も。一秒でも早く!」


 店員が弾かれたように電話へ走り去るのを確認し、私は再び老紳士と対峙する。


 私の占いに、間違いはなかったはず。そうか、分かった。占いの亀裂に出た『幸運の枝分かれ』。あれ、私にとっての幸運じゃないのか。浮かれた損した……。


 虫の息だが、まだ、微かに生きている。痙攣けいれんしている老紳士の脈を測るついでに『手相』と、震えながら立ち尽くすパティシエの『名札』を瞬時に刮目スキャンした。


「――そっか。犯人にとっての『逃走の好機』を、私が吉兆だと読み違えただけだ」


 私はバサリと扇子を開き、死体に向かって宣告する。


「いいわ。救急車と警察が来る前に、犯人を引きずり出してあげる。そうすれば、私の分のモンブランまで、証拠品として押収される最悪の事態だけは避けられるもの!」

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