08:Fantasia / Overlapping Quartet
紅金色の光が、攪乱のノイズを焼き払った。
ワカの05号機『カプリッチョ』が展開した『グロリアス・パージ』は、無秩序な空域に一時の「静寂」と「秩序」を強制的に記述した。
「……お待たせいたしましたわね、皆様! 露払いは終わりましたわ。さあ、残りの端切れどもを片付けますわよ!」
ワカの高らかな宣言が通信回線を震える。
「……相変わらず、無茶苦茶な出力ね。でも、助かったわ。カナタ、前方固定(アンカー)!」
「了解! ……アリア、カノンの死角を頼む!」
タケル・カナタの02号機『インテルメッツォ』が、巨大な盾を掲げて先陣を切る。その後方から、カノンの01号機『エチュード』が精密な青い光軸を放ち、アリアの04号機『ウーヴェルチュール』が銀の翼を翻してエコーの群れをリライトしていく。
四機の巨神が武雄の空で交錯する。
それは、設計者であるテツトさえも予期していなかった、完璧なまでの「共鳴(レゾナンス)」だった。
「シンクロ率、各機八五パーセントを突破。……個々の旋律が独立しながら、互いの記述を補完し合っているのか」
地下センターのテツトは、コンソールに表示される複雑な和音状の波形を見つめ、驚嘆の溜息を漏らした。
通常、複数のアポリアを同時に稼働させれば、互いの記述干渉によって『S.Y.N.C.-L.I.Q.U.I.D』に深刻なノイズが発生するはずだ。だが、この四人は違った。
「……まるで、最初からこうなることが決まっていたみたいだ」
テツトの呟きは、警報音にかき消された。
空の『UNILATERAL-VOID』が、その深部から悍ましい「特異点」を吐き出そうとしていた。
『SATURATED-BOREDOM……SATURATED-BOREDOM……』
これまでとは比較にならない規模の、半透明な幾何学体。
それは形を成した「飽和的な退屈」――すべてを無意味な空白へと帰そうとする、断絶の意志そのものだった。
「……来るわよ、アリア! あれが今回のメインテーマね!」
カノンの鋭い指摘と共に、巨大な怪異が触手を伸ばす。その一本が、校舎に避難していた生徒たちの影を捉えようとした。
「させませんわ! ……ノーブル・マスカレード、ファンネル展開!」
ワカの『カプリッチョ』の背後から、無数の浮遊砲台が放たれた。紅金色の光弾が乱れ飛び、エコーの触手を次々と「優雅な定石」へと固定していく。
「今ですわ、アリア! 貴女の銀で、あのみっともない空白を塗りつぶしてしまいなさい!」
「……うん! 行くよ、ウーヴェルチュール!」
アリアは、自らの魂と機体のヴォーカル・コアを極限まで同調させた。
マイク型長槍の先端に、銀色の粒子が収束していく。
それは、一度は殺された物語が、再び命を得るための咆哮。
「……物語は、終わらせない。……奥義、『V.O.I.C.E.・レゾナンス』、フルバースト!」
銀の奔流が空を貫き、巨大な幾何学体の中央を撃ち抜いた。
幾千万の文字の破片が武雄の夜空に舞い散る。ノイズは光へと変わり、空は本来の星屑を湛えた深い藍色へと戻っていった。
――勝った。
四人の心に、確かな手応えが共有された。
だが、その勝利の余韻の中で、アリアの網膜にだけ、一つの「記述」が映し出された。
消滅していくエコーの残滓の中に浮かぶ、三つの数字。
『ERROR: 03-ELEGIA is missing.』
「……エレジア……?」
アリアの呟きは、誰の耳にも届かなかった。
数分後。
三機の機体は地下格納庫へと帰還した。
『S.Y.N.C.-L.I.Q.U.I.D』が排出され、ハッチが開く。
「オーホッホッホ! 見ましたかしらテツト、わたくしの完璧なる勝利を! 感謝していただいてもよろしいんですのよ?」
ワカは機体から降りるなり、タオルを差し出したスタッフを尻目に胸を張った。
一方で、カノンは黙々とウェアを脱ぎ、カナタは「あー、腹減った」と首を鳴らしている。
「……テツトさん。……03号機って、何なんですか?」
着替えを終えたアリアが、コンソールの前で独り思考に耽っていたテツトに問いかけた。
テツトの肩が、わずかに跳ねる。
彼は振り返らず、暗いモニターを見つめたまま、低く答えた。
「……忘れていい。それは、僕がかつて書き損じた……存在しない楽章だ」
その声は、今までの冷徹な指揮官のものではなく、後悔に震える一人の男のものだった。
――その頃。
武雄の穏やかな夜気に包まれた緒妻邸。
ユウは、冷えた麦茶を二つ用意し、窓の外を見つめていた。
「あら、ようやく風が止んだかしら。……おかえりなさい、テツトさん。……今日も、世界はとっても静かよ」
玄関が開く音に、ユウは柔らかく微笑む。
その足元、影の落ちる畳の一角に、一瞬だけ青白いグリッド線が走ったことに、彼女は気づかないふりをして、お茶を運んだ。
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