07:Rhapsody / Elegant Violence

 地下センターの空気は、高濃度のオゾンと電子の熱気で満ちていた。

 ワカは、自身の身に纏った紅い神経接続用ウェアの感触を確かめるように、しなやかに体を動かした。彼女専用のスーツは、機能性を重視しながらも、どこか十二単の合わせを想起させる優雅なラインを描いている。


「テツト。ようやくこの時が来ましたわ。わたくしを待たせた罪、その戦果で購(あがな)わせてあげますわよ」


「……威勢がいいな、お嬢様。だが忘れるな、05号機は『気まぐれ(カプリッチョ)』だ。君のプライドが高まれば高まるほど、機体は爆発的な出力を出すが、一度でも心が折れれば……ただの鉄屑になるぞ」


 テツトはコンソールに向かったまま、警告を飛ばす。

 ワカはふんと鼻を鳴らし、迷うことなく『Capriccio』のエントリー・ゲートへと足を踏み入れた。


「心が折れる? 誰に向かって仰っていますの? ――わたくしは、ナナミ・ワカ。この世界の記述を正す、唯一無二の華ですわ!」


 ハッチが閉じ、周囲が『S.Y.N.C.-L.I.Q.U.I.D』で満たされていく。

 その瞬間、ワカの脳内に爆発的な情報が流れ込んだ。

 アリアたちが感じた恐怖やノイズではない。それは、世界中から集められた「喝采」と、それと対になる「圧倒的な期待」という名の重圧。だが、ワカはそれを、極上のデザートでも味わうかのように飲み込んでみせた。


「シンクロ率、計測不能……!? まさか、この短時間でシステムを完全に支配するなんて」


 テツトの声に驚きが混じる。

 地下の電磁カタパルトが咆哮を上げ、紅金色の巨神が武雄の空へと弾け飛んだ。


 今回の戦域は、楼門の上空。

 そこには、昨日の『ABUSIVE-LOGOS』よりもさらに質が悪い、新たなメタ・コードを纏ったエコーが展開していた。


『DISTRACT-HYPER-STORM――多動的攪乱』


 空を覆うノイズが、まるで数千羽の烏の群れのように不規則に飛び回り、追尾を拒否する。

 先行していたカノンの狙撃も、カナタの盾も、その予測不能な動きに翻弄されていた。


「ちっ……座標が定まらない! カナタ、防衛線を維持して!」


「やってるけど、これじゃキリがないぞ!」


 二人の焦燥を切り裂くように、高笑いが天から降り注いだ。


「――オーホッホッホ! 情けないですわね、お二人とも! 雑音なら、さらに大きな旋律で塗り潰してしまえばよろしいのですわ!」


 空に咲いたのは、紅金色の火花。

 05号機『Capriccio』が、背部バインダーを大きく展開し、右手に持った多機能兵装『ノーブル・マスカレード』を掲げた。


「兵装、パラソル形態から展開!……お黙りなさい、不潔な残響ども!」


 巨大なパラソル状のシールドが開き、その先端から高密度の洗浄光線が放たれた。

 それは単なる物理破壊ではない。ワカの圧倒的な自尊心(プライド)を燃料にした、『空間の定石(ルール)』への強制上書き。


「奥義……『グロリアス・パージ』!」


 ワカの一喝と共に、周囲の『DISTRACT-HYPER-STORM』が一瞬にして静止した。

 攪乱していたノイズが、ワカの美意識に従って「整列」させられ、その存在定義を剥奪されていく。


「何ですの……今のは?」


 カノンが呆然と呟く。


「……空間そのものを、『お嬢様の定石』に従わせたんだ。……全くだ、とんでもないパイロットだよ」


 テツトの呆れたような、しかし満足げな声が通信に流れる。


 ワカは空中で優雅に機体を翻し、白銀のウーヴェルチュールに向かって通信を開いた。


「アリア、見ていましたかしら? これがわたくしの、本当の戦い方ですわ。……さあ、あたくしに付いてきなさい。この世界の不条理、わたくしのパラソルで全て綺麗に洗浄して差し上げますわよ!」


 紅金色の巨神が、空を舞う。

 アリアは、その圧倒的な眩しさに目を細めながら、自らもアクセルを踏み込んだ。


「――はい、ワカ! 行きます!」


 武雄の空で、白銀と紅金の旋律が重なり合う。

 不条理を書き換える「再起」と、不条理を許さない「高潔」。

 黎明の創紀は、新たな色を得てさらに加速していく。

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