05:Reminiscence / Rewrite-Symphon
「……シンクロ率、九〇パーセントを突破。アリア、意識を飛ばすな! 思考を固定しろ!」
テツトの怒号が、共鳴性記述液『S.Y.N.C.-L.I.Q.U.I.D』に満たされたコックピット内で反響する。
アリアの視界は、もはや現実の光景を捉えていなかった。
神経接続用インナースーツを通じて流れ込むのは、戦場に渦巻く悍ましい「物語のゴミ」だ。
『飽きた。もういい。先が見えている。価値がない。消えてしまえ』
空に浮かぶ巨大な「口」――エコー・メタタイプが吐き出すのは、形を成さない暴力的な悪意の残響。
その直下で、01号機『エチュード』と02号機『インテルメッツォ』が膝をついていた。
精密な論理を誇るカノンにとって、論理を介さない罵声の奔流は脳を焼き切る猛毒であり、カナタの「信頼」の盾さえも、一方的な拒絶の前ではその強度を失いつつあった。
「……うるさい……うるさいのよ……! 意味のない言葉で、私の領域(スコープ)を汚さないで……っ!」
カノンの悲痛な叫びが通信機から漏れる。
「カノン! カナタ! 今行くわ!」
白銀の巨神『ウーヴェルチュール』が、武雄の山々を背に急上昇した。
アリアの意志に応じ、背中のマイク型長槍が銀光を放ちながら変形を始める。
「テツトさん、私……あの声が聞こえる。あれは、誰かの声じゃない。捨てられた『可能性』たちが泣いている声だわ!」
「……それが分かるか、アリア。なら、その涙を銀のインクに変えて、物語の続きを書いてやれ!」
テツトがコンソールのリミッターを解除した。
ウーヴェルチュールの胸部、ヴォーカル・コアが真っ白な光を放ち、周囲の黒いノイズを物理的に押し返す。
「兵装、リライト・ブレード最大解放。……奥義、『V.O.I.C.E.・レゾナンス』!」
アリアが長槍を頭上に掲げた瞬間、機体の全方位に銀色の同心円状の波紋が広がった。
それは音であり、光であり、そして「意味」だった。
――キィィィィィィィィン!
怪異が放つ『ABUSIVE-LOGOS』と、アリアの放つ『V.O.I.C.E.』が空中で激突する。
一瞬、武雄の空がモノクロームに染まった。
エコーが吐き出す「終わり」という記述を、アリアの「継続」という意志が、一文字ずつ力強く上書きしていく。
「……あ……ノイズが、消えていく……?」
カノンが呆然と上空を見上げた。
機体を苛んでいた精神汚染が、銀の雨に洗われるようにして霧散していく。
空を覆っていた巨大な口が、自らの記述を書き換えられたことに苦悶し、のけぞった。
「今よ、カノン! 座標は私が固定したわ!」
「……っ、言われなくても! ……カナタ、盾を!」
「おうっ! ……これなら、もう一度踏ん張れる!」
カナタの『インテルメッツォ』が再び立ち上がり、巨大な盾を構えてカノンの射線を確保する。
カノンの01号機が、そのアブソリュート・バイナリを限界までチャージした。
「論理的否定の連鎖(ロジカル・チェイン)。……存在確率、完全に『零』に固定!」
青い光軸が、エコーの「口」の奥深くを貫いた。
アリアがこじ開けた物語の裂け目に、カノンの冷徹な一撃が突き刺さる。
巨大な怪異は、悲鳴を上げる間もなく、一万の文字の破片となって夜空へと散った。
静寂が戻った。
武雄の空には、再び美しい月が顔を出している。
三機の巨神は、それぞれの「旋律」を響かせながら、ゆっくりと地表へと降下していった。
司令センター。
モニターを見守っていたワカが、握りしめていたデバイスを放り出した。
「……何ですの。結局、あたくしの出番はありませんでしたのね。……つまらない、本当につまらないわ!」
ワカの言葉は苛立ちに満ちていたが、その瞳は潤んでいた。
彼女には見えていたのだ。アリアが、どれほどの恐怖を押し殺して、あの銀の光を放ったのかを。
「……テツト。わたくしの機体……05号機『カプリッチョ』の調整は、まだ終わりませんの?」
ワカが、背を向けているエンジニアに鋭い声を投げた。
テツトは端末から視線を外さず、低く、しかし確かな声で答えた。
「……焦るな、お嬢様。……君の『気まぐれな旋律』が必要になる舞台は、すぐそこまで来ている」
テツトが見つめるモニターの端には、未だ消えぬ『UNILATERAL-VOID』の残滓が、不気味に脈動していた。
戦いはまだ、序曲の終わりにも達していない。
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