04:Sonance / Overlapping Etude
武雄の地下、重厚な電磁カタパルトが火花を散らす。
カノンの01号機『エチュード』と、カナタの02号機『インテルメッツォ』が、爆音と共に垂直に伸びた発射シリンダーを駆け上がった。
「システム・オール・グリーン。……カナタ、遅れないで。あなたの背中を守るほど、今日の私は暇じゃないの」
インナースーツに身を包み、神経接続を完了させたカノンの声は、氷のように研ぎ澄まされていた。彼女の視界には、既に数キロ先の『綻び』から溢れ出すノイズの波形が捉えられている。
「分かってるって、カノン。……俺はただ、誰も消させないように踏ん張るだけだ」
対照的に、カナタの声には大地のような重みがあった。
二機の巨神は、武雄北部の山間部、空をドロドロとした黒い液体のように侵食する『UNILATERAL-VOID』の直下へと着弾した。
――ズゥン!
凄まじい衝撃波が周囲の空気を震わせる。
アリアは地下の司令センターで、モニター越しにその光景を息を呑んで見つめていた。隣ではワカが、「わたくしを置いてけぼりにするなんて……!」と不機嫌そうに扇子(のような形をしたデバイス)を握りしめている。
「アリア、よく見ておけ。これが『論理』と『信頼』による戦法だ」
テツトがコンソールを叩くと、戦域のデータがアリアの視界に同期された。
空から降り注ぐのは、先程よりもさらに巨大な、無数の針を持った立方体状のエコー。
『ABUSIVE-LOGOS……DISTORTION……』
怪異が放つ精神汚染の波動が、大気を黒く染め上げていく。だが。
「……計算通り。座標、記述固定」
カノンの『エチュード』が、その長大な二股の槍――『アブソリュート・バイナリ』を水平に構えた。
それは槍でありながら、高出力のスナイパーキャノンとしての機能を持つ。
「アブソリュート・バイナリ、出力最大。……存在確率、〇(消去)を選択」
カノンがトリガーを引いた瞬間。
白銀の閃光とは異なる、冷徹な青い光軸が空を貫いた。
エコーが展開しようとしたバリアが、まるで最初から存在しなかったかのように「論理的に否定」され、霧散する。一撃で怪異の核を貫く、精密かつ容赦のない狙撃。
「すごい……一発も外さないなんて」
「フン、カノンさんの性格の悪さがそのまま弾丸になったような攻撃ですわね。……あ、危ないですわ!」
ワカの悲鳴通り、生き残ったエコーが死角から無数の黒い針を射出した。
回避は間に合わない。カノンの機体は狙撃直後の硬直状態にある。
「――そこは俺の担当だ」
カナタの『インテルメッツォ』が、カノンの前に割り込んだ。
彼が背負っていた巨大な多角形盾、『イージス・レゾネーター』が機体の前面で瞬時に展開される。
「『TRUST-SHIELD』、展開!……こっから先は、一ピクセルも通さない」
漆黒の針が盾に衝突し、電子の火花が散る。
だが、カナタの盾は微動だにしない。それは単なる物理的な防具ではなく、カナタの「守る」という意志を空間の不変定数へと変換する絶対の防壁。
「カノン、次は左だ。……座標は送ったぞ!」
「指示しないで。……もう捉えてる」
盾の影から、再びカノンの青い閃光が放たれる。
カナタが守り、カノンが穿つ。
二人のパイロットの間に会話は少ない。だが、その機体挙動は完璧な二重奏(デュエット)のように重なり合い、武雄の空を汚す不条理を次々と「否定」していく。
「……これが、私たちの……戦い」
アリアは、モニターに映る二機の姿に、不思議な高揚感を感じていた。
今まで自分一人だけが感じていた「世界の終わり」という恐怖。
それを、こうして力強く跳ね返す仲間がいる。
「テツトさん、私も……私もまた、行けます。あの二人と一緒に」
アリアの言葉に、テツトは振り返らずに小さく口角を上げた。
「……いい目だ。だが、まずは自分の『旋律』を安定させるのが先だ。アリア、君の04号機は、彼らとは根本的に異なる『役割』を担っているんだからな」
「根本的に……異なる?」
テツトの言葉の真意を問おうとした時、モニターの警告音が再び跳ね上がった。
空の『綻び』が、さらに大きく、悍ましい形へと変形していく。
「カノン、カナタ、離脱しろ! 上空に……『メタ・コード:ABUSIVE-LOGOS』の重層反応!……これは、単なるエコーじゃないぞ」
テツトの表情から余裕が消える。
空に現れたのは、これまでの幾何学体とは一線を画す、巨大な「口」を持つ怪異だった。
それは、街中の人々の「悪意」や「諦め」を飲み込み、肥大化した物語の墓守。
『SATURATED……BOREDOM……』
怪異が吠えた瞬間、カノンとカナタの機体のバイタルデータが急速に乱れ始めた。
「……っ、精神圧が……高すぎる! ……何なの、この……罵声の嵐は……!」
カノンの声が苦痛に歪む。
精密な論理を誇る彼女にとって、意味を成さない暴力的な言葉の奔流は、何よりも猛毒だった。
「アリア、行けるか」
テツトが、鋭い視線でアリアを射抜いた。
「君の『リライト・コード』でしか、あの理不尽な静寂は書き換えられない。……ウーヴェルチュール、再起動。……武雄の空に、君の歌を響かせてこい」
「……はい!」
アリアは、再び地下へと続くハッチへと駆け出した。
白銀の巨神が、主(あるじ)の再臨を待って、ヴォーカル・コアを静かに明滅させていた。
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