第4話 定着

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 第三層区画の教室は、思っていたよりも人の気配があった。

 視線が交差し、深力がわずかに揺れる。

 不安定な状態だ。


 僕は席に座りながら、周囲を観察していた。

 声の大きさ、視線の向き、姿勢。

 誰もが外へ向かおうとしている。


 その中で、僕は沈んでいる。


 意識を内側に留めたまま、必要な情報だけを拾う。

 ――問題ない。

 少なくとも、僕が男性だと気づいている者はいない。


 深層魔女にとって、生理的な差異は意味を持たない。

 深力が安定すれば、周期も妊娠も存在しない。

 確認される理由が、そもそもない。


 担任の説明は、穏やかで簡潔だった。

 この施設が何を目的としているか。

 何をしないか。

 初日は、それだけで終わる。


 実技はない。

 深力にも触れない。


 拍子抜けしたような空気が、教室に残る。

 だが、僕にとっては妥当だった。

 初日に必要なのは、刺激ではなく定着だ。


 移動の合図が出て、エレベーターに乗る。

 表示される数字が、静かに下がっていく。


 第三層から第四層へ。


 耳が、わずかに圧の変化を拾う。

 音が減り、光が落ちる。


 居住区画は、静かだった。

 壁一面が、強化ガラスになっている。


 その向こうにあるのは、深海。

 地下三〇〇〇メートル。


 何も見えない。

 闇があるだけだ。


 だが、こちら側の照明が、その深さを教えてくれる。

 これほどの光量を用意しなければ、人は安心できない。


 ガラスに映るのは、自分の輪郭だけ。

 深い紺色の髪が、人工光を鈍く反射する。


 ここでは、見られることも、確かめられることもない。

 ただ、在る。


 ベッドに腰を下ろし、耳を澄ます。

 壁の向こうで、機械が低く唸っている。

 循環、制御、維持。


 この音は、止まらない。

 止まってはいけない。


 それを聞きながら、僕は思考を手放す。


 ガラス越しの自室で、

 響く機械音に耳を傾けながら、

 僕は海に沈んでゆく。




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深層魔女育成施設 ──僕は、海に沈んでゆく 濃紅 @a22041

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