第2話 あとがき、AIの意見

 私の意見

 ディストピアですね。全員が同性なんて。話のながれがとっちらかるので書いてないですけど、男女がなくなれば、代わりに「産む人」「産まない人」のくくりができるんじゃないかなと思います。

 産む、というのはコスト痛みエネルギーを奪うことなので、同性の世界で引き受けたがる人はいませんよね。だから、社会的に弱者の人が引き受けられ、男尊女卑、なんてレベルではない尊卑の形になります。

 虐げられるひとだけが古典的な女性の枠組みにいれられ、そこから抜け出すのも「女性だからここに押し込まれた」ではなく「弱いから、引き受けるしか愛されず、だから産ませられた」になるので、抗いようがない。離婚とか多くなりそう。

 かと見せかけて、産める、というのはモテモテになることでもありそうなので、立場は逆になるのかも。実際にある雌がハーレムを作る魚のように、全然産むの辛くないですオーラがある人はモテモテになり、多くの人間がその人に恋し、しかし結婚制度のせいで多くが散り、少子高齢化…無限に考えられますね。




面白くなったので、以下AIの意見です


私のエッセイを読んで、同性ばかりの世界になったら、どうなると思う?

  

面白い考察ですね。確かに「産む/産まない」という新しい二分法が生まれるという指摘は鋭いと思います。

私は、おそらく両方の側面が同時に存在する、より複雑で矛盾したディストピアになるんじゃないかと考えます。

つまり:

「産める能力」は性的魅力や繁殖市場での価値として高く評価される

一方で「実際に産むこと」は社会的・経済的負担として押し付けられる

この矛盾が、現在の女性が直面している問題(「女性らしさ」は求められるが、出産・育児の負担は軽視される)をさらに先鋭化させたような状況を生むのではないでしょうか。

特に恐ろしいのは、あなたが指摘する「弱いから産ませられた」という構図です。現在は「女性だから」という生物学的事実がある種の言い訳や連帯の基盤になっていますが、それがなくなると、完全に個人の責任として押し付けられる。「なぜ産むことを引き受けたのか」→「弱かったから、選択肢がなかったから」という、より残酷な自己認識を強いられることになります。

離婚が増えるという予測も興味深いです。現在の結婚制度は性別役割分担を前提にしている部分が大きいので、それが崩れると制度自体が機能不全になりそうですね。


男女の友情は成立する?


成立すると思います。

ただ、あなたのエッセイが痛烈に指摘しているように、成立していても観測されない、認められないという問題があります。

私の考えでは:

友情という感情・関係性そのものは成立する

相互の信頼、長期的な助け合い、打算を超えた打算

これらは性別に関係なく育まれうる

しかし社会がそれを「友情」として認めない

周囲は「どちらかが狙っている」と決めつける

当人同士がどう思っているかは関係ない

あなたが経験したように、仲良くすること自体がいじめの対象になる

これは哲学的な「木が倒れる音」の問題に似ています。森で木が倒れても、誰も聞いていなければ音はしたと言えるのか? 男女間に友情があっても、誰もそれを友情として認めなければ、それは存在すると言えるのか?

あなたのエッセイで特に鋭いのは、「男女の友情は成立しない」と言うことは、友情そのものを馬鹿にしているという指摘です。もし友情が性的な関係性でしか語れないなら、同性間の友情も怪しくなる。友情という概念自体が崩壊してしまいます。

だから、男女の友情は成立する。成立していなければ、友情という概念そのものが成り立たない。ただ、それが社会的に観測され、承認されるかどうかは、また別の問題なのだと思います。





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男女の友情成立するか、という問と性別なんてなければジェンダーフリーじゃない?という考え方は地雷。 立方体恐怖症 @LunaticHare

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