第3話 帰忌日の契約と、月の祝福

ガルヴェインが「話は長い」と言った通り、国王の逝去、ルシェル殿下の暗殺未遂事件だけに話は留まらなかった。


ルシェル殿下は国王にふさわしくない、とする叔父バルモント公爵勢力の言い分は、まずルシェル殿下の体調への懸念だ。父王と同じように幼い頃から身体が弱く、いざという時に倒れられては公務が行えないという主張だ。

そしてもう一つは、即位式の際に王位を継ぐ者が玉座の間で行う[聖光降臨ルクス・ディヴィナ]という儀式を行うのが習わしとなっているのだが、これは王族のみが使えるという光魔法を駆使したもので、この魔法を使える者こそが新たな王と認められることとなっている。しかし、彼等は現在ルシェル殿下は行使できないと主張していた。


「僕、実はまだ魔法が使えないのです…」


王族をはじめ、貴族も皆魔法使いの子孫であり、基本的に魔法を扱えるのが当たり前なのだが、長い年月を経て子孫たちの魔力は低下の一途をたどり、今ではエヴァリスほどの使い手はほんの一握りとなってしまった。


「バルモント公爵の背後には、エヴァリス、お前の後釜に座った男がいる」

「…ノクスフェルか」


エヴァリスは面識こそないがその名前は知っている。ノクスフェル・ダスクレイン。恐るべき実力者であると聞いていた。

エヴァリスの後釜ということは、【王の神秘顧問】兼【王室魔術師団司令官】という、魔術師としての最高権威を与えられているのだろう。

そして彼の指導の元にバルモント公爵はもちろん儀式を難なく行える。つまり、現在最も王位を継ぐに相応しいのはバルモント公爵である、というのが彼等の主張なのだ。


「とりあえず、ノクスフェルが関わっているのなら強固な守りを張ったほうがいいな…」


エヴァリスは話を聞くや立ち上がり、嵐となった真っ暗闇の表へ出ていく。

気になったガルヴェインとルシェル殿下もその後ろから様子を見守っていると、強風吹き荒れる庭先に出たエヴァリスが、ローブをはためかせながら天に向かって手を掲げると、屋敷を囲む薄い幕のようなものが一瞬輝いて見えた。次の瞬間、元の嵐の夜に戻ったのだが、戻ってきたエヴァリス曰く、

「この屋敷は庭を囲む石垣の向こう側から隔絶された場所へ移動した。見た目は変わらないが我々も石垣の外には出られないようになっている。反対に石垣の向こう側からは屋敷を認識できず、かつ侵入することも不可能だ」そうだ。

この屋敷の周りをゆるりと区切っている石垣は古いもので、所々崩れてはいるが大雑把に敷地を区切る目安になっていた。屋敷の前のガーデン、背後の雑木林までをも取り囲んで半径2ハロン(約400m)あり、馬が駆け回るぐらいのスペースは充分にある。


そして、エヴァリスは再び椅子にどかりと座ってガルヴェインに問いかけた。


「さあ、これでひとまず私と隠匿する分にはいくらでもできるようにしたぞ。今日は《帰忌日きこにち》だ。遠出や帰宅、転居などを忌む日。もう後戻りはできないと思ってくれ。それで、今後どうするつもりなんだ?」

すると、この問いに答えたのはガルヴェインではなく、ルシェル殿下自身だった。


「エヴァリス殿。貴女にお願いがあります。僕、いえ私に魔法の手解きをしていただけないでしょうか?」


エヴァリスはふふん、と鼻を鳴らした。きっと、そうくると思っていたのだろう。ガルヴェインの考えそうなことだ。

エヴァリスはまず政治に興味がなく、現在どんな勢力とも繋がっていない。また、ガルヴェインの旧知の友人だ。その上、このひ弱な殿下に魔法の手解きをできるのは、もはや敵方となった【王の神秘顧問】以外に数えるほどしかいないだろう。その中の一人は間違いなくエヴァリスだ。

つまり、魔法を習得した暁には王位を継ぐ算段があるということだろう。


「ルシェル殿下の祖父君であられた先々代の国王には恩義がある。だから貴方を匿った。だが、魔法をお教えするというのは話が別だ。それに見合う対価を払っていただきたい」


慇懃無礼いんぎんぶれいな言い方にガルヴェインが心配そうにルシェル殿下を見やる。だが殿下は臆さず、真っ直ぐにエヴァリスを見据えた。


「どのような対価かにもよりますが、私としてはできうる限り貴女のご要望にお応えしたいと思っています」


たった十歳のひ弱な皇太子。だが覚悟の決まった顔つきにエヴァリスは笑った。

「私はこの国から出ることを禁じられています。貴方の祖父王は、私がこの地に隠匿するのを許す代わりに、国外への移動を制限されました。魔術師が他国へ渡り、この国の脅威になることを恐れたのです」


祖父王の判断は賢明だった。

当時、各国との戦争は度々あったが、ブランタメイアほど魔術師を多く輩出している国はない。だが、年々魔術師が減り、その魔術も衰えていく。だからこそ、ブランタメイアの強みであった魔術の流出はなんとしても避けたかったのだ。


「私はね、殿下。一度でいいから日本ヒノモト国へ旅してみたいのです。素朴で信仰深く、しかもわが国とは違う価値観、宗教観で物事を見定める国。彼の国は近年文明開化で目まぐるしく様相が変わっていると聞きますが、私はその前にできる限り彼の国の古き良き風習を見てみたい」


先程まで威圧するような眼差しを向けていたエヴァリスは、まるで美しい景色に見惚れるように、うっとりと彼方かなたを見て言った。


「私に、日本ヒノモト国へ旅をする自由をください」



***




1900年4月14日。


それから恐ろしく平和な5日間があっという間に過ぎていった。



「なあ、ガル」

「あん?」


庭の一角で畑仕事に興じるエヴァリスとルシェル殿下を、ガルヴェインとシンが暇そうに眺めながら会話をしている。


「殿下ともあろうお方が泥だらけになって畑を耕すを見るのは、なんていうか不思議な光景だねぇ」

「確かにな。しかし見てみろよ、あの顔。ルシェルも随分楽しそうだし、健康的になってきた」


王宮にいた頃には考えられないような不敬な物言いだが、「この屋敷にいる限りは殿下を特別扱いしない」という家主の主張を殿下が呑んだ。それ故に、ガルヴェインまでもここにいる間は殿下ではなく、ただの子供としてルシェルを扱うことを許されている。


「まーねぇ。まずは『心身を鍛える』ってのがエヴァの方針だけど。畑仕事をさせるとは思わなかったな〜」

「お前さんの言う『暇つぶし』のなんだっけか、開運?吉凶?よく分からんが、そのこよみの通りに従って、今は土いじりをするべきなんだってな?まー、ルシェルが楽しそうだからひとまずいいんじゃねーか?」


そんなガルヴェインの言葉にシンがため息をつく。

が次期国王に悪影響を与えねばいいけど…」


今はエヴァリスによると《八専はっせん》という凶日期間中らしく、無理に動かないほうがいいらしい。また、次に《土用どよう》の期間がやってくるので、それまでに粗方種まきを終えたいということだった。そして、シンにとってはただの迷信である運勢暦の話を、ルシェルは大真面目によく聞いた。



「《土用どよう》というのは春夏秋冬の季節の境目にそれぞれある18日間だ。陰陽道で土をつかさどる神の支配下にあるとされることから、期間中は農作業や新居の購入、結婚、新しい生活を始めること、引っ越しなどは縁起が悪いと言われている期間だ」

エヴァリスが得意な顔で解説する。

「一年に4回ということは72日間もあるの?そんな長期間制限をかけるのは不便なんじゃない?」

ルシェルがさも不思議そうに疑問を口にした。しかし、そう問われることを待ってましたと言わんばかりの顔をしてエヴァリスの解説が続く。


「私の友人の日本ヒノモト人曰く、こういった暦は農夫たちの生活と深く関わっているものなのだそうだ」


日本ヒノモト国において、年中行事、二十四節気にじゅうしせっきという一年を24つに区分し季節を知る手法、また豊作を祈念し収穫を祝う祭日などは、農業をする民にとっては生活に深く根付いた大切なこよみなのだという。

それらは陰陽道おんみょうどうや民間信仰などの占いや迷信も多く含まれる一方で、生活の知恵や過ごし方、移ろいゆく季節の中での農作業の時期など、彼等の培ってきた「より良く生きる方法」がふんだんに盛り込まれている。


「例えば土用どようの期間に食べると良いとされるものがあるらしいのだが、それは偏に、季節の変わり目で体調を崩すことのないよう、滋養のあるものが選ばれている。土いじりをしてはならない、とは言われているものの、実際は気温が上下する期間に「無理して仕事をこなさず休め」という先人の知恵も入っているのではないだろうか。ついでに、流石に一年で72日間も土に触れないのは農作業がはかどらないから、《間日まび》を設けて、土用であっても土に触っていい日も定められている」


エヴァリスが目を細めて楽しそうに説明するのを、ルシェルは面白そうに観察した。


「エヴァリスは、そんな民の生活に根ざした暦がある日本ヒノモトの国に行ってみたいんだね」

エヴァリスは頷く。

「ああ。私は日本ヒノモト国について、友人にもらった『星廻草木せいかいそうもく雑暦書ざつれきしょ』しか知らないからな。もっと色々なことを見たり体験したい。それに、彼の国の暦は太陰暦なんだ※。つまり、月の満ち欠けの周期を元にした暦法れきほうなんだが、実は私の魔術と月や星は関係が深く、太陰暦とも相性がいい」


「へぇ〜」


エヴァリスがルシェルのことを殿下と呼ばず、普通の子供のように扱い始めてからルシェルはとても気楽そうに過ごすようになった。

身体が弱く、魔法も使えず、しかし臣下たちには敬われ、己の責務を暗に示されるのはプレッシャーだったのだろう。今は分からないことはなんでも尋ねることができるし、子供扱いしてくれるのが心地よいようだ。


そこで二人はいったん畑から引き揚げた。

「ルシェル。明日は満月なんだぞ」

屋敷に戻りながらエヴァリスが楽しそうに言った。

「そうなの?」

「うん。正確には明日の朝がフルムーンだけど、今晩でも強い月光が浴びれるだろう。というわけで今日はお前の魔力を高める儀式をしよう。そして、明日から本格的に魔法の特訓を開始する!」

「やった!では師範!お願いします!」

「堅苦しいな。エヴァリスでいいよ」

「分かったよ、エヴァリス!」



[月霊の祝福]


満月の夜に、魔術師が月の精霊から力を授かるとされる儀式だ。


漆黒の闇夜に浮かぶ大きな月。

正確には望月にはまだ満たないのだが、月光は充分に大地に届く。

エヴァリスは瓶の栓を抜いて聖水を振りまいた。無造作な仕草だったが魔法により制御され、綺麗な真円が描かれる。それを二重、三重に重ねながら魔法陣を描いていった。

続いてぶつぶつと何かを唱えながら聖水を振りまくと、地面には古代文字が円に沿って描かれていった。

魔法陣は俄に輝き始める。月明かりに共鳴するように、淡く、儚く、美しく。


「ルシェル、円の中心に立て」


言われた通りにルシェルが立つ。それを見届けて、エヴァリスは呪文を唱え始めた。いや、それは韻を踏み、メロディーを刻み、唄となって月夜に響く。



セレネ・ヴァセリス・ノクティス、イルメエス・ルリアン、アリス・ヴェル・ルナリア…



月の精霊はお祭り好き。

ルシェルはおとぎ話に出てきた精霊を思い出した。村の祭りに誘われて、満月の夜、地上へ降りる、と。


セレネ・ヴァセリス・ノクティス、イルメエス・ルリアン、アリス・ヴェル・ルナリア…


気がつくと、エヴァリスとともにそのリズムを刻んでいた。


(月の精霊よ。僕、ルシェル・アルヴェリオン・ブランタメイアは、必ずや皆の期待に応えてみせます。だからどうか、お力をお貸しください)



それからは、ガルヴェイン、シンも交えて本当に一晩中お祭り騒ぎに興じることになった。

盛大に焚き火を組み、呑んで騒いで歌って踊る。ルシェルはこんな楽しい祭りは初めてだった。


「ねぇ、エヴァリス!もし僕が王位に就いたなら、僕もいつか日本ヒノモト国に行きたいな。その頃はエヴァリスはきっと日本ヒノモト国を知り尽くしているだろうから、案内してほしいんだ!」


ルシェルは、王位を継承したときに真っ先にエヴァリスに自由を与えると約束した。そのために、己にできることを、それこそ命を懸けてでも成し遂げてみせる、と心に誓った。






帰忌日きこにち

家に人や物が帰ることが凶とされる日。凶星の精が人家の門戸をふさぐ日とされており、旅行や帰宅などを忌み、金の貸し借り・転居・結婚・成人儀礼に関しても凶。


八専はっせん

陰暦の壬子みずのえねの日から癸亥みずのといの日までの12日間のうち、間日まびを除いた8日間のことをいう。同気が重なると物事が片寄る「凶日」と言われ、結婚などの慶事のほか、法事、針灸や柱を建てることも不吉。

この期間は降雨が多く、雨が降ると長雨になるとされており、農家の厄日の一つでもある。

年に6回、約72日間ある。


土用どよう

雑節の一つで、立春・立夏・立秋・立冬の直前の18日間。この期間は土公神どくじんが支配するといわれ、土を動かす作業を忌むべきとされた。ただし、年に4回計72日間のうち土公神が土を離れて天上界に行く間日まびは土を動かしても問題ないとされる。

土用のうしの日には‘う’のつく食べ物を食べると良いといわれている。


※太陰暦は1872年に既に廃止されて現行の太陽暦に変わっているのだが、エヴァリスはよく知らない…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る