第2話 災いが、暗雲を引き連れてやってきた
エヴァリスはバタバタと屋敷に戻り、引き出しにしまっていた『
「え〜…と、カミサマホトケサマ今日は良い日でありますよね…?」
友人のお手製辞書を駆使しながらもう一度読み解いていくのだが、エヴァリスの願望は無残にも断たれる。今朝、己の口で言った通り吉のオンパレードなのだが、同時に凶のオンパレードでもあった。
ここで改めて吉日について確認しよう。
《
天の恩恵を受ける5日間。文字通り、天に見守られる中での慶事を行うと良いとされる日で5日連続続く。
《
一粒の
《
その月の徳(善)神がいる日とされ、万事に吉とされる日で、土に関わる行いが吉と言われる。
これだけ縁起の良い吉日が重なりながら、実は凶日も重なっていることも言及しよう。
《
陰陽道で「何事も成就しない日」とされる縁起の悪い日。
《
遠出や帰宅、転居、結婚などを忌む日。
《
何事も上手くいかない8日間。今日は
上記のうち、特筆すべきは《不成就日》だ。今日はすべての吉をひっくり返し「結局すべて凶になる」という最凶日が含まれていることである。
ちなみに現代に於いてもこの《不成就日》は市販の
「の゙お゙お゙を゙ぉ゙゙ぉ゙゙ぉ゙゙ぉ!!!」
のたうち回るエヴァリス。
それを「どしたん?」とのほほんとした顔で迎えるシンだが、直後に窓やドアが強風に吹かれてガタピシと音を立て始めたことに驚いて「うにゃんっ」と隠れた。
あれだけ天気が良かったにも関わらず、風が雨雲を運んできたようだ。美しかった夕日は雲で遮られ、雨音まで混じってきた。
ドンドンドンドンドンッッッ
ドアがけたたましく鳴った。
風、ではない。人がノックする音だ。
「留守だっ!」
ショックを隠しきれないエヴァリスがマントのフードをほっかむり、大声で叫ぶ。が、そんな居留守が通用するはずもなかった。
「なんで留守なのに返事があるんだよっ!中へ入れてくれ、雨が降り出してきた!!」
「うるさい!今は無人だ!だいたいこんな夕暮れにやってきて雨だから入れろと?!晴れた昼間にやってこい!」
ドアを挟んだこの攻防を(どっちもどっちの言い草だな…)と思って眺めていたシンだったが、中に入りたがっている外の声に聞き覚えがあった。
「意地悪してないで入れてあげたら?」
気がつくと、シンはドア近くに置かれたテーブルの上で、金色の瞳をまん丸に見開いてエヴァリスを見つめていた。先程まで風音にビビって逃げていたとは思えないほど大人な仕草である。
「ちっ。今日は
「朝は大開運日だとか言ってたくせに」
「…」
反論する気も失せたのか、エヴァリスはひとしきりドアを眺め、そして開けた。
ザザァ…!
外はもはや大雨だった。
日もすっかり暮れている上、屋敷の中も明かり一つ灯していないので男のシルエットしか見えない。随分と大柄だ。
「よぉ、エヴァリス。久しぶりだな」
真っ黒な人影が妙に懐かしそうな声で言った。
男から見たエヴァリスも、マントを着込んでフードで顔を隠しているのでよくは見えないだろう。
「ガルヴェイン」
エヴァリスは彼の名を呼んだ。
7フィート近い(2メートル以上)の
が、エヴァリスは直後に何かに気づく。
「連れがいるのか」
尋ねると、久しぶりの再会に少し呆けた様子だったガルヴェインが「あ、ああ」と言って大きな身体を脇へ寄せる。すると、背後にずぶ濡れのマントの人物がいた。背丈から子供である。
大男が濡れ
「入れ」
短くそう言い、彼等を招き入れた。
真っ暗闇の室内だが、エヴァリスが手のひらを掲げると途端に部屋中のランプに火が灯る。
「…!!!」
マントの子供が無言でたじろいだ。
魔法。
この国はまだ魔法が息づいている。
が、それを身近に感じる時代は過ぎ去って久しかった。子供が驚くのも無理はない。
「相変わらずのようだな」
ガルヴェインはエヴァリスと旧知のようで、この妖しい魔女に親しげに語りかける。
それに対してエヴァリスはなんとも素っ気ない。というか、フードが邪魔で表情は誰にも見えなかった。言葉だけがツンケンと飛んでくる。
「それはお互い様だ。ほら、乾かすぞ。床を濡らされるのは勘弁だ」
言うなり、バシュッと音がしてガルヴェインと子供の衣服から水滴が消えた。
「…わぁ!」
驚嘆する子供。流石に今度は声が出たようだ。この国で魔法が息づいているというのは、いまや風前の
大昔は魔法使いの国と言われ、王族、貴族はすべて魔法を扱えたが、その子孫はほとんどまともな魔法を使えないほどに衰えていた。
だから、エヴァリスのように詠唱もなし、魔道具も使わずに、炎や水など系統に関係なく様々な魔法が扱えるのは珍しい。
「エヴァリス、突然ですまないが色々と事情が立て込んでいてな…さっそくだが」
ガルヴェインは目配せすると、一歩引いていた子供がフードを脱ぎながら前へ出た。
「エヴァリス・アルゲルナ殿。貴女の事は祖母からよく聞かされておりました、偉大なる魔術師よ」
金糸のようなサラサラしたプラチナブロンドに虹色に輝くオパールの瞳、九、いや十歳くらいの少年だ。
しかしその言葉遣い、立ち振舞、そして仕草までも、そこらへんの村の子供とはワケが違う。
「…ルシェル殿下でいらっしゃいますか」
エヴァリスもようやくここでフードを脱いだ。漆黒の髪がはらりと伸び、その美貌が露わになる。
目の前の少年はルシェル・アルヴェリオン・ブランタメイア。
ブランタメイア王国の皇太子である。王家は代々ブロンドに虹色の瞳を受け継いでいるというのは、国民なら誰しも知っている事実。だがそれだけでなく、エヴァリスは一度だけルシェルに会ったことがあった。
「お会いするのは八年ぶりということになりますね。残念ながら僕は幼すぎて覚えてはいないのだけれど…」
そう、ルシェルがまだ二歳の頃、一度母君とともに会った記憶がある。逆算すると、このくらいの齢になっているだろう、との予想が的中した。とはいえ、こんな辺境の地に皇太子が来ることも、お供がたった一人というのもかなり妙な話である。
「悪いがあそこの卓に座らせてもらうぞ。話は長い」
ガルヴェインはスタスタと奥に置かれているテーブルに歩みを進めた。
なんの飾りもない粗末な椅子ばかりだが、比較的綺麗そうなものを見繕ってルシェルを座らせる。
家主のエヴァリスも特段文句も言わず、同じように席についたが、テーブルの上に置かれたハーブや卵(今日収穫したもの)が乱雑に置かれていることはこの際無視された。家主も片付けるつもりはないらしい。
「国王が
ガルヴェインは言った。
ルシェルは勿論、エヴァリスも眉一つ動かさない。正直言うと、これも予想の範疇だったようだ。
ルシェルの父アーサー国王が、先代の国王エドモンドに代わって即位したのは、実はたった半年前の出来事だ。
だが、アーサーは身体が弱く、病がちだった。それを理由に王位継承が揉めた、というのは、このド田舎にも伝わってきている。
「もしかして、アーサー王の即位の時に反対を表明した弟君、バルモント公爵が…?」
先回りして想像していたことをエヴァリスが尋ねると、ルシェル自身が口を開いた。
「そうです。叔父のヘンリー、いえバルモント公爵は、王位継承権は自身にあると宣言され、僕は…暗殺されかけました…」
「……」
エヴァリスは流石に言葉をかけられなかった。
わずか十歳で実の叔父に命を狙われたのだ。実際に言葉に出すとその恐ろしさを改めて実感するのだろう。喉を震わせたルシェルは顔を伏せる。
「ここからは俺が話そう。本来はルシェル殿下の即位式が執り行われるはずだったんだ。しかし邪魔立てされ、危うく暗殺者に殺されるところだった。近衛兵も向こう側に従う者が混じっていてな。ルシェル殿下の御身を守るために王宮から脱出せざるを得なかった。表向きは、体調を崩され、療養のために王宮を離れたことになっている」
ガルヴェインがこれまでの状況を簡潔に説明した。
「追手は」
エヴァリスが短く問う。
「いたが、巻いた。ここへは慎重に遠回りしながら来たから気づかれていないはずだ。信頼できる部下も数名協力してくれている。残念ながら御者は殺されたが…」
それで、馬車で来たにも関わらず御者がいなかったのだ。ガルヴェイン自身が馬を走らせてきたのだろう。だが…
エヴァリスは眉間にこれでもかと言うほど眉を寄せていた。美しい顔もここまで豪快に歪められるならいっそ清々しいというほどに。
「な、なぁ。そんな怒るなよ〜。確かにいきなり厄介事を持ち込んだのは悪かったけど、お前しか頼れる奴がいなかったんだよ〜」
と、弱気の発言でなんとかエヴァリスの機嫌を取り繕おうとするガルヴェイン。深刻さの欠片もないような言い方だが、それが余計に怒りを買った。
「…おいっ!ガルヴェイン、お前服脱げ」
「へ?」
「服を脱げと言ってるんだ!!」
ダンッと立ち上がり乱暴にガルヴェインの上着を脱がせる。すると、左脇腹から血が滲んでいた。
「さっきから血の匂いがすると思っていたんだ。これは敵でも御者でもない、お前の血だなっ?!」
鬼の形相でガルヴェインの服を上も下もズル剥けにするエヴァリスに、ガルヴェインは「キャアッ」という乙女のような悲鳴をあげるが問答無用だ。あっという間にパンツ一丁にされる。見れば体中傷だらけで、特に脇腹は青黒く変色するほどひどい傷だ。
そして、その様子を椅子に座って眺めるしかない皇太子を置き去りにして、怒り声のエヴァリスが無詠唱で治癒魔法を盛大にかけた。
「っとにお前というやつは!昔から口を酸っぱくしてやせ我慢するなと言い聞かせていただろう!魔法は万能じゃないんだ!出血が多ければ命にも関わるんだぞ!!!」
あっという間にガルヴェインの全身の傷が消えていくのを見届けると、今度はテーブルの下からひょこり、と顔を覗かせた者が口を開いた。シンである。
「うるさいなぁ。ルシェル殿下の御前でなんたる振る舞いを…」
「おお、シンか!」
「や、久しぶりだね、ガルヴェイン」
猫と大男も旧知の仲らしい。そして、目が点になっていたルシェル殿下が喋る猫に気づいて我にかえる。
「…!あなたは…伝説のシンガルド殿ですね?!」
「で、伝説の!?」
とシンが目を剥くが、まんざらでもないようにニマニマと口角を上げる。猫だが喋るだけあって表情もちゃんとある。
「うふふ、僕って伝説だったんだ〜」
ご機嫌のシンに、エヴァリスが「あまり調子に乗るな」と背中を撫でるのだが、「うにゃーん」と尻尾を立てて立ち上がる。やはり猫である。
「まったく、本当に今日はろくでもない日だ…すべての吉を《不成就日》が凶に変えた挙げ句、雨は絶対に《八専》だな…凶日で、しかもこれから8日も続く…いや、この厄日凶日に何の対策も取っていないのがそもそもの…」
エヴァリスは相変わらず不機嫌だったが、ガルヴェインの治療を終えて何やら自分の世界に入っていた。しかも、よく分からない単語をぶつぶつと独りごちている。
「??何?はっせん???」
ガルヴェインは首を傾げてその意味をシンに問おうとするのだが、シンは盛大にため息をついてそれを止めた。
「ごめん、エヴァのちょっとした退屈しのぎの話さ…あんまり深く聞かない方がいいよ〜」
《
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