第2話名前が、呼ばれた


 人が来ない場所ほど、面白い。


 FLATは、そう確信し始めていた。


 街の外れ、崩れかけた建物の中。

 初心者向けの案内には一切書かれていない場所だが、敵はいる。

 しかも、数が多い。


「……これ、普通にきついな」


 壁を背に、距離を取る。

 二丁拳銃を構え、呼吸を整えた。


 撃つ。

 外れる。

 もう一発。


 弾数は十分にある。

 誰も使わない武器だから、初期弾薬は余るほどだ。


「動きながらだと当たらない……止まると、危ない」


 じゃあ、どうするか。


 FLATは、前に出た。


「えい」


 敵の懐に飛び込み、至近距離で引き金を引く。

 反動。

 視界の揺れ。


 それでも、当たった。


「……なるほど」


 正解かどうかは分からない。

 でも、楽しい。


 


「いや、今の見た?」


 少し離れた場所で、声がした。


 振り向くと、数人のプレイヤーが立っている。

 一人は、肩に小型ドローンを浮かべていた。


 配信者だ。


「初心者だよね? その装備」

「二丁拳銃? マジで?」


 視線が集まる。

 FLATは、少しだけ気まずくなった。


「……あ、どうも」


「ちょっと待って、名前……」


 配信者がウィンドウを確認する。


「FLAT?」


 その瞬間、胸の奥が少しだけ跳ねた。


 名前を呼ばれた。

 ただそれだけなのに、不思議と現実感があった。


「FLATさん、今の動き、何?」


「え?」


「普通、距離取るよね? なんで突っ込んだの?」


 少し考えてから、正直に答える。


「近い方が、当たるかなって」


「いや、危ないでしょ」


「うん」


「……分かってやってる?」


「たぶん」


 配信者は、数秒黙り込んだあと、笑った。


「リスナー、今の見た?

 初心者が二丁拳銃で近接戦してる」


 コメントが流れ始める。


《ロマン勢だ》

《無理だろそれ》

《弾どうしてんの》


「弾は余ってる」

「誰も使わないから」


 さらにコメントが加速する。


「いや、それにしてもさ」


 配信者が言う。


「普通、効率考えない?」


 FLATは首を傾げた。


「面白くないと、楽しくないじゃん」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、配信者が吹き出した。


「出たよ」

「名言来ました」


《これは名言》

《FLAT覚えた》

《こいつやばい》


 画面の向こうで、知らない誰かが笑っている。

 でも、悪い気はしなかった。


 


 戦闘が終わる。


「FLATさん、どこ行くんです?」


 配信者が聞く。


 FLATは、少し先の暗い通路を見た。


 案内もない。

 敵がいるかも分からない。


「……あっち」


「そっち、何もないって噂だけど」


「でも」


 振り返って、言う。


「そっちの方が、面白そう」


 配信者は、カメラを向けたまま、笑った。


「よし、行こう」

「今日はFLATについてく」


 


 この日から、少しずつ名前が残り始める。


 二丁拳銃の初心者。

 変なルートを選ぶやつ。

 理由はいつも同じ。


 FLATは、今日も真面目に攻略している。


 ――ただ、誰とも違う方向へ。

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