第2話 逆ハーレムは再現できる(仮説)



結論から言うと、生徒会の規制案は詰んでいた。

上目遣いの定義が曖昧である以上、規制は恣意的になる。恣意は炎上を生む。炎上は学園の治安を損なう。従って、禁止は非現実的だ。

久世透はそれでも禁止したい顔をしていた。顔面に「禁止」という漢字が浮かんでいるようだった。私は観察者としてその表情を記録し、同時に彼の言語化能力を信頼した。久世は叫ぶことで思考を整理するタイプである。

「論崎。いいか。お前は今後、眼鏡を外すときは申請しろ」

「理解しました」

私は頷いた。理解はした。遵守するかどうかは別の変数である。

「理解しましたじゃねえ。守れ」

「守ります。原則として」

「原則として、が一番信用できねえんだよ!」

久世の声量は安定して高い。再現性がある。

真田恒一は横で「手続き上、申請という形式は妥当ですが、申請先をどこにするか……」と言い始めた。彼は本気で制度を組み立てる。優秀だ。危険でもある。

日向碧人は机に突っ伏したまま「お願いは兵器……」と呻いていた。彼は既に学習している。学習は進化である。進化は私の敵だ。

私は手を挙げた。

「質問です。申請書の様式はどの程度の情報量が許容されますか?」

「許容ってなんだ」

「例えば、使用目的、対象者、実施場所、想定される副作用、及び対照群の——」

「対照群を入れるな!」

久世が机を叩いた。

私は机の振動を感じた。机の材質は合板。耐久性は良好だが、久世の怒りに長期的に耐えるかは不明である。

「結論から言うと、申請制度は形骸化します」

「お前が形骸化させる気満々だからだろ!」

「はい」

「はいじゃない!!」

会議は二十分で終わった。

正確には、久世が「今日は解散!」と言ったことで終了した。終了の定義は宣言である。宣言は力だ。生徒会は権力を持っている。だからこそ私は協力的である。協力は次の実験の足場になる。

廊下に出ると、既に噂が広がっていた。

帝央高校の情報伝達速度は、光に次ぐ。主に女子によって加速される。これは偏見ではなく観測結果である。

「ねえ聞いた? 論崎が“お願い”を武器化したらしい」

「武器化っていうか、元から兵器じゃない?」

「生徒会が規制するって!」

私の前を歩く女子たちが会話していた。

私はメモを取った。「兵器」呼称、定着の兆候あり。

次に聞こえたのは、勝つ女代表——御堂綾音の声だった。

「論崎さん」

振り返ると、御堂綾音がいた。

綾音は女子の中でも特に情報網が強い。笑顔の種類が多い。上品な声で刺す。彼女は勝つ女というより、勝つ側の運営である。勝利の仕組みを整備するタイプだ。

「今日も原因になってる?」

「原因の自覚はあります」

「ふふ。じゃあ今日は“原因の使い方”を教えて」

私は興味を持った。

原因の使い方。つまり、私という装置の運用マニュアル。これは研究対象として美しい。

「目的は何ですか?」

「恋。勝ちたい子が多いの」

「勝ちたい子、とは?」

綾音は顎に指を当て、少し考える素振りをした。考えるふりで相手を待たせるのは、会話の主導権を取る技術である。彼女は自然にそれをやる。才能だ。

「論崎さんに興味を持たれた男の子って、だいたい購買で死んでるでしょ?」

「はい。データとして確認済みです」

「そこを拾う子が勝つの。つまり、あなたは“弱らせ役”の女神」

「私は原因です。結末は別変数です」

綾音がくすっと笑った。

笑いは好意のサインだ。好意は協力を生む。協力はデータを増やす。

私は結論を出した。御堂綾音は有用である。

「論崎さん、あなたさ」

綾音は声を少し低くした。秘密を共有する声だ。秘密は共同体を作る。

「逆ハーレム、作るつもりなんでしょ?」

……速い。

情報伝達が光速であることを再確認した。私はまだ黒板に書いただけで、正式に宣言していない。にもかかわらず綾音は核心に辿り着いている。推理力か、情報網か、その両方だろう。

「仮説としては、可能です」

「へえ」

「ただし、実験が必要です」

「でしょ? だから協力する」

綾音は軽く手を叩いた。

その仕草だけで周囲の女子が集まってきた。号令がなくても人が動く。これが運営だ。

「みんな。論崎さんが逆ハーレム研究するって」

集まった女子たちが一斉にざわついた。

ざわつきは期待と不安の混合である。

「え、まじ?」

「相手って誰?」

「候補者って募集するの?」

私は心の中で頷いた。

募集はする。だが募集とは、本来自主的な応募を意味する。帝央高校の男子が自主的に私に応募する確率は低い。過去の観測から推定できる。従って、募集とは実質的に捕獲である。

私は発表をすることにした。

発表は社会実験の開始宣言である。宣言は人を巻き込む。巻き込みはデータを生む。

昼休みの終わり、私は廊下の掲示板に紙を貼った。

A4、二枚。シンプルな募集要項。

『被験者募集:逆ハーレム論における成功確率の検証』

『対象:本校生徒(性別不問)』

『内容:会話、行動観察、簡易アンケート、放課後イベント(任意)』

『謝礼:購買パン優先権(検討中)』

『備考:対照群として友人同伴を推奨』

貼った瞬間、久世透が来た。

「剥がせ!!」

「生徒会の許可は必要ですか?」

「必要だ!」

「なら申請します。様式をください」

「その前に剥がせ!」

「剥がすとデータが取れません」

「データじゃねえ!」

久世が紙を掴んだ。

しかし剥がす前に、集まっていた女子たちがスマホで撮影した。データは拡散された。

私は記録した。情報の不可逆性。

日向碧人が遠くから叫んだ。

「やめろ! 応募したら死ぬぞ!」

私は補足したくなった。

「死にません。疲れます」

「それが死ぬんだよ!」

真田恒一が眼鏡を押し上げ、真面目に言った。

「論崎さん。倫理審査は通っていますか」

「通っていません。だが通す予定です」

「予定じゃなくて今通してください!」

私は頷いた。

倫理は後で書類化すればよい。重要なのは実験設計である。

そこへ笹峰研志が現れた。

文芸部。統計好き。目が輝いている。目が輝いている人間はだいたい危険だ。自分も含めて。

「論崎さん!」

笹峰は走ってきた。走りながら話す。肺活量がある。

「それ、めちゃくちゃ面白いです! 逆ハーレムの再現って、テンプレ抽出しました? ログ取ります? 取りますよね!」

私は即答した。

「取ります。あなたは協力者ですか?」

「もちろんです!」

協力者が手に入った。

これは大きい。研究は一人でもできるが、加速には共同研究者が必要だ。笹峰は私の暴走を止めない。むしろ加速させる。

久世透が顔を覆った。

「増えた……最悪のタイプが増えた……」

私は校庭の端で、笹峰と簡易ミーティングをした。

彼はすでにノートを開いている。準備が良い。こういう人間は管理が必要だが、同時に頼れる。

「まず母集団を確保します。最低でも十名は必要です」

「了解です! その場合、募集要項のCTR上げましょう!」

「CTRとは?」

「クリック率です!」

「クリックは不要です。本校では紙媒体が——」

「じゃあQRコード付けましょう!」

笹峰は即座にQRコードを生成した。

紙媒体がデジタルに侵食された。研究速度が上がる。素晴らしい。危険だ。

私は次に、テンプレの実装を再確認した。

異世界ハーレム系におけるお願い成功率向上要素——上目遣い。

昨日、購買で成功率100%を確認した。ならば今日、別対象で追試するべきだ。再現性が重要である。

対象は誰が良いか。

私は周囲を見た。男子はみな警戒している。視線が合うと逃げる。視線を合わせないのは正しい対策だ。だが私は上目遣いができる。上目遣いは、相手が見なくても刺さる可能性がある。視界の端でも効くか。これは検証すべきだ。

私は最も抵抗力が高そうな対象を選んだ。

久世透。生徒会。私への耐性がある。叫ぶが折れない。

つまり、追試に最適。

私は生徒会室へ向かった。

久世は机に向かっていた。書類を広げ、すでに規制案を書き始めている。行動が速い。敵として優秀である。

私は眼鏡を外した。

「……」

久世の肩がぴくりと動いた。

反射で気づいたらしい。視界の端でも反応がある。良い。

私は上目遣いを作り、声量を落とした。小声は距離を縮める。テンプレだ。

「……お願い。募集要項、剥がさないでください」

久世透が固まった。

硬直時間は約1.2秒。十分だ。上目遣いが刺さった。

「……っ」

彼は唇を噛んだ。耐性があるはずの対象が、耐えようとしている。

これは非常に価値のあるデータである。

「論崎」

久世が震える声で言った。

「お前、それ……反則だろ……」

「反則の定義をください」

「定義じゃねえ……お前の顔が……!」

彼は机を叩いた。だがその手が弱い。力が入っていない。

落ちた。落ちたの定義は、こちらの要求に応じることである。

久世は視線を逸らしながら言った。

「……剥がさない。剥がさないけど、申請しろ。今すぐ。今。ここで」

私は頷いた。

「承知しました」

成功。

追試成功。対象が抵抗力を持つほど、成功の価値が上がる。

私は記録した。成功率、現時点で100%。

生徒会室のドアが開き、日向碧人が顔だけ出した。

「透! 大丈夫か!? お願い食らってないか!?」

久世が叫んだ。

「入るな! 上を見るな!」

日向が即座に床に伏せた。伏せるのは新しい対策だ。興味深い。

真田恒一が廊下から顔を出し、「申請書の様式は私が作ります!」と宣言した。彼は善意で世界を壊すタイプである。

笹峰研志が廊下で拍手した。

「うわ、ラスボス攻略成功! ログ取りました! 今の硬直、1.2秒!」

私は冷静に言った。

「ログは後で共有してください」

久世透が呻いた。

「やっぱり増えた……最悪が……」

私は結論を出した。

上目遣い+お願いは、異世界ハーレム系のテンプレであるだけでなく、現実世界でも汎用スキルとして成立する。

成功率は100%。対象の性別、立場に依存しない。

これは逆ハーレム研究において、極めて有用である。

ただし問題がある。

学園が耐えられない。

私は申請書にペンを走らせながら、次の仮説を書いた。

『仮説:お願いを制度化すれば、学園は耐えられる』

『対照:制度化しない場合、学園は崩壊する』

『備考:久世透の寿命が縮む可能性』

久世透がペンを折った。

「お前、俺をデータに入れるな!!」

私は顔を上げ、眼鏡をかけ直した。

そして笑顔で言った。

「入れます。対照群が必要なので」

廊下で日向が悲鳴を上げた。

「やめろおおおお!」

笹峰研志が嬉しそうに言った。

「最高ですね! 次、誰にお願いします? 教頭とかいけます?」

真田恒一が真顔で言った。

「教頭はやめましょう。法的に面倒です」

私は頷いた。

教頭は面倒だ。だが面倒だからこそ、データ価値は高い。

しかしまずは学内の母集団を確保する。

逆ハーレム研究は、今日から正式に開始された。

結論から言うと——順調である。問題は、学園が悲鳴を上げていることである。

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