第二十章 違算、解消

金城が消えた後、世界帳簿は静かに輝いていた。

 その光は、以前よりも安定している。

 違算が、解消されたのだ。

 「終わった——」

 真琴は、その場にへたり込んだ。

 全身の力が、抜けている。

 【総決算】の反動が、体を蝕んでいた。

 視界が霞む。意識が遠のく。

 「真琴」

 女神の声が、聞こえた。

 「女神様——」

 『あなたは——やり遂げました。世界の違算を、解消してくれました』

 「まだ——全部じゃない——」

 『いいえ。金城が作り出した違算は、全て消えました。彼が奪ったものは、全て元に戻りました』

 「そう——ですか」

 真琴は、安堵の息を吐いた。

 『しかし——』

 女神の声が、少し曇った。

 『あなたは、多くの力を使いすぎました。このままでは——』

 「死ぬ、ですか」

 『……その可能性が、あります』

 真琴は、苦笑した。

 「仕方ない——ですね。やるべきことは——やったから」

 『諦めないで。あなたには——まだ、帰りを待っている人がいます』

 シルヴィアの顔が、浮かんだ。

 ガルドの顔。リリアの顔。エリナの顔。

 「……そうですね」

 真琴は、目を閉じた。

 「でも——体が、動かない」

 『世界帳簿の力を——少しだけ、貸します』

 女神の声と共に、温かい光が真琴の体を包んだ。

 少しずつ——力が戻ってくる。

 「これは——」

 『世界帳簿からの、褒美です。あなたは——この世界を救った英雄ですから』

 真琴は、立ち上がった。

 まだ、完全ではない。しかし——動けるようになった。

 「ありがとう——ございます」

 『さあ、行きなさい。あなたを待っている人たちの元へ』


     ◇


 神殿の外に出ると、ガルドとリリアが待っていた。

 「マコト!」

 リリアが、飛びついてきた。

 「よかった——よかった——」

 「心配かけた——」

 「馬鹿! 心配に決まってるでしょ!」

 リリアは、泣きながら真琴を抱きしめた。

 ガルドが、近づいてきた。

 「金城は——」

 「終わりました。もう——二度と、悪さはできません」

 「そうか」

 ガルドは、静かに頷いた。

 「お前の——勝ちだな」

 「いえ——俺たちの、勝ちです」

 真琴は、二人を見回した。

 「一人じゃ、ここまで来れなかった。ガルドさんも、リリアも——みんながいたから」

 「当たり前だ」

 ガルドは、苦笑した。

 「仲間だろ」


     ◇


 王都に戻ったのは、神殿を出てから五日後のことだった。

 帰り道は、行きよりも遥かに楽だった。

 違算が解消され、空間の歪みがなくなったからだ。

 王都に着くと、人々が歓声を上げて迎えてくれた。

 「英雄様だ!」

 「帳尻様が帰ってきた!」

 真琴は、照れくさそうに手を振った。

 英雄なんて、柄じゃない。

 しかし——人々の笑顔を見ると、報われた気がした。


 王宮に入ると、シルヴィアが待っていた。

 彼女は、もうベッドから起き上がれるようになっていた。

 「真琴さん——」

 「シルヴィア——」

 二人は、見つめ合った。

 「おかえりなさい」

 「ただいま」

 シルヴィアが、真琴に抱きついた。

 「よかった——本当に、よかった——」

 「約束——守ったよ」

 「はい——」

 シルヴィアは、涙を流しながら笑った。

 「ありがとうございます——」


     ◇


 その夜、国王から正式な感謝の言葉があった。

 「帳尻真琴。そなたの功績は、この国の歴史に永遠に刻まれるであろう」

 国王は、真琴に最高位の勲章を授与した。

 「そして——そなたを、公爵に叙することを宣言する」

 「陛下——」

 真琴は、頭を下げた。

 「その栄誉は——辞退させてください」

 「何?」

 「俺は——英雄じゃありません。ただのレジ打ちです。貴族の地位なんて——俺には、似合いません」

 国王は、しばらく真琴を見つめていた。

 そして——笑った。

 「そなたらしい答えだ」

 「陛下?」

 「では、こうしよう。公爵の地位は保留とする。ただし、そなたには——王国の『帳簿管理官』として、引き続き働いてもらいたい」

 「帳簿管理官——」

 「違算を見つけ、解消する役目だ。そなたにしか、できぬ仕事だろう」

 真琴は、考えた。

 帳簿管理官。

 世界の違算を、一つずつ解消していく仕事。

 レジ打ちの延長線上にある——しかし、遥かに大きなスケールの仕事。

 「……わかりました」

 真琴は、頷いた。

 「その役目、引き受けます」

 「よし。頼んだぞ」


     ◇


 式典が終わった後、真琴は一人で城壁の上に立っていた。

 夜空には、星が瞬いている。

 「きれいだな——」

 この世界に来て、もう数ヶ月が経つ。

 最初は、帰りたいと思っていた。

 しかし今は——

 「マコト」

 声がした。

 振り向くと、シルヴィアが立っていた。

 「一人?」

 「うん。ちょっと——考え事を」

 「何を、考えていたの?」

 「この世界のこと。これからのこと」

 シルヴィアは、真琴の隣に立った。

 「帰りたい——とは、思わなくなった?」

 「……わからない」

 真琴は、正直に答えた。

 「元の世界には——何もなかった。仕事も、報われないまま。友達も、いなかった」

 「……」

 「でも、ここには——仲間がいる。やるべきことがある。俺を——必要としてくれる人がいる」

 シルヴィアが、真琴の手を取った。

 「私は——ここにいてほしい」

 「シルヴィア——」

 「でも——あなたが帰りたいなら、止めない。だって——」

 シルヴィアは、真琴を見上げた。

 「あなたの幸せが——私の幸せだから」

 真琴は、シルヴィアの手を握り返した。

 「俺は——ここにいる」

 「え?」

 「ここで——生きていく。シルヴィアや、みんなと一緒に」

 シルヴィアの目に、涙が浮かんだ。

 「真琴さん——」

 「これからも——よろしく」

 二人は、星空の下で手を繋いでいた。

 新しい人生が、始まろうとしていた。

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