第十九章 帳簿の間
扉の向こうには、想像を絶する空間が広がっていた。
無限に続くかのような白い空間。
その中央に、巨大な「本」が浮かんでいる。
本というより——光で編まれた、立体的な情報の塊。
数字と文字が、絶え間なく流れ、変化し続けている。
「これが——世界帳簿……」
真琴は、息を呑んだ。
精算眼で見ると、この「本」には世界の全てが記録されていた。
全ての命の生死。
全ての資源の移動。
全ての出来事の記録。
まさに——世界そのものの「帳簿」だ。
「やっと来たか」
声が響いた。
世界帳簿の前に、金城が立っていた。
「遅かったな、帳尻」
「金城——」
「見ろよ、これを」
金城は、世界帳簿を指さした。
「世界の全てが、ここに記録されている。これを手に入れれば——俺は、この世界の神になれる」
「させない」
「させない? お前に、何ができる?」
金城が、【強奪眼】を発動させた。
赤い光が、その目から放たれる。
「俺は既に、この帳簿への干渉を始めている。あと少しで——完全に奪える」
「それを——止めに来た」
真琴は、精算眼を全開にした。
【世界帳簿】
【状態:外部からの干渉を受けている】
【干渉者:金城剛志】
【干渉度:47%】
【精算可能:条件付き】
47%。
まだ、完全には奪われていない。
間に合う。
「帳尻」
金城が、笑った。
「お前、本気で俺に勝てると思ってるのか?」
「思ってる」
「根拠は?」
「俺は——お前と違って、自分の力を積み上げてきた。奪うんじゃなく、磨いてきた。だから——」
「だから、勝てる? 笑わせんな」
金城の【強奪眼】が、さらに強まった。
「力の量で言えば、俺の方が圧倒的に上だ。奪った能力、奪った資源、奪った命——全部、俺のものだ」
「それが——お前の弱点だ」
「何?」
「奪った力は、お前の本当の力じゃない。だから——」
真琴は、【監査モード】を発動させた。
金城の「全て」が、見える。
奪ってきた履歴。
一つ一つの「取引」が、時系列で浮かび上がる。
「俺には——お前が奪ってきた全てが、見える」
「な——」
「本物の皇子から奪った地位。部下から奪った才能。民から奪った命。全部——記録されている」
金城の顔が、初めて強張った。
「そんな能力——」
「【監査モード】。過去の取引を、全て遡って確認する力だ」
真琴は、一歩前に出た。
「そして——【総決算】」
「総決算……?」
「お前が奪った全てを——元の持ち主に、返す」
金城の目が、見開かれた。
「馬鹿な——そんなこと、できるわけが——」
「やってみせる」
真琴は、両手を広げた。
精算眼が、最大出力で輝く。
【総決算(グランドクロージング)起動】
【対象:金城剛志の全ての強奪履歴】
【処理開始……】
「させるかよ!」
金城が、叫んだ。
【強奪眼】が、全開になる。
「お前の命を——今すぐ、奪ってやる!」
二つの力が、ぶつかり合った。
白い空間が、激しく震動する。
世界帳簿が、不安定に揺れる。
「くっ——」
真琴は、歯を食いしばった。
金城の【強奪眼】の圧力が、凄まじい。
体から、力が吸い出される感覚。
「お前の負けだ、帳尻!」
金城が、勝ち誇ったように叫んだ。
「俺の【強奪眼】は、何でも奪える! お前の命も、お前の能力も——全部、俺のもの——」
「違う」
真琴は、叫んだ。
「お前が奪ってきたものは——全部、『借り物』だ!」
【総決算】の出力を、さらに上げる。
体が悲鳴を上げている。
視界が霞む。
意識が遠のきそうになる。
しかし——
「帳尻を——合わせる!」
その瞬間——
世界帳簿が、輝いた。
【総決算 実行】
金城の体から、無数の「何か」が飛び出した。
光の粒子のような、しかし確かな質量を持った「何か」。
それは——金城が奪ってきた全てのもの。
命。才能。記憶。資源。地位。
全てが、金城の体から離れていく。
「な——何だ、これは——」
金城が、叫んだ。
「俺の力が——俺の地位が——消えていく——」
「消えてるんじゃない」
真琴は、言った。
「返してるんだ。元の持ち主に」
光の粒子が、四方八方に飛び散っていく。
世界中の、本来の持ち主の元へ。
「馬鹿な——馬鹿な——」
金城が、膝をついた。
その体から、どんどん力が抜けていく。
皇子の姿が、崩れていく。
立派な軍服が、消えていく。
最後に残ったのは——
元の世界と同じ、何の力も持たない、一人の男だった。
「俺の——全てが——」
金城は、両手を見つめた。
何もない。
何も、残っていない。
「どうして——どうして、こんな——」
「お前は——最初から、何も持っていなかったんだ」
真琴は、金城を見下ろした。
「奪うことしか知らなかったから。自分で積み上げることを——しなかったから」
金城の目から、涙がこぼれた。
「俺は——俺は——」
「金城」
真琴は、手を差し出した。
「終わりにしよう。この世界で——やり直せ。今度は——自分の力で」
金城は、真琴の手を見つめた。
しばらく——沈黙が続いた。
そして——
「……ああ」
金城は、真琴の手を取った。
「やり直す——か」
その瞬間——
金城の体が、光に包まれた。
「何——」
「世界帳簿の意志だ」
女神の声が、響いた。
『金城剛志。あなたは多くの罪を犯しました。しかし——全てを失った今、あなたにはやり直す機会が与えられます』
「やり直す——機会……?」
『あなたの記憶は、消えます。しかし、命は残ります。新しい人生を——今度は、正しく生きなさい』
金城の姿が、光の中に溶けていく。
「帳尻——」
最後に、金城が呟いた。
「悪かった——な」
そして——消えた。
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