第十七章 王都防衛戦
帝国軍の総攻撃が始まった。
夜明けと共に、無数の軍旗が王都の城壁の外に現れた。
「数は——三万を超えている」
城壁の上で、将軍の一人が呻いた。
「我々の三倍以上だ」
王国軍は、籠城戦を選んでいた。野戦では勝ち目がない。城壁の堅固さだけが、頼みの綱だった。
真琴は、城壁の一角に立っていた。
傍らには、ガルドとリリアがいる。シルヴィアはまだ完全には回復していないが、それでも後方で祈りを捧げると言って聞かなかった。
「来るぞ」
ガルドが、剣を抜いた。
帝国軍の先鋒が、城壁に向かって突撃を開始した。
攻城兵器が押し出され、矢の雨が降り注ぐ。
「防御魔法、展開!」
魔法使い部隊が、城壁の上に魔力の障壁を張った。矢が弾かれ、火炎が逸れる。
しかし——
「障壁が、消える——!」
魔法使いの一人が、叫んだ。
展開したばかりの障壁が、急速に薄れていく。
真琴は、精算眼を発動させた。
【魔法障壁】
【魔力残量:急速に低下中】
【原因:外部からの強奪】
「金城だ——障壁の魔力を、奪ってる!」
金城の【強奪眼】が、遠距離から魔法の力を吸い取っている。
このままでは、城壁の防御が崩壊する。
「俺が対処する」
真琴は、精算眼を集中させた。
金城が奪おうとしている魔力——その「流れ」が見える。
【精算処理】で、その流れを「遮断」できないか——
意識を集中させる。
魔力の流出を、「違算」として認識する。
本来、障壁にあるべき魔力が、不当に奪われている。
それを——「正す」。
【精算処理実行】
【対象:魔力の不当流出】
【処理中……】
【流出遮断:成功】
障壁が、安定を取り戻した。
「戻った——! 障壁が維持できてる!」
魔法使いたちが、歓声を上げた。
しかし、真琴の顔は険しかった。
金城の【強奪眼】を、直接打ち破ったわけではない。
一時的に遮断しただけだ。
金城が本気を出せば——また、突破される。
「帳尻——」
背後から、声が聞こえた。
振り向く。
城壁の向こう、帝国軍の本陣の方向。
そこに——金城が立っていた。
遠すぎて顔は見えないが、精算眼には「見える」。
金城も、こちらを見ている。
そして——笑っていた。
【遠隔通信(金城からの干渉)】
『やるじゃねえか、帳尻。少しは成長したみたいだな』
金城の声が、頭の中に響いた。
【強奪眼】で、通信手段すら「奪って」使っているのだろう。
「金城——」
『でも、まだまだだ。お前の【精算眼】じゃ、俺には勝てない』
「それは——試してみなきゃ、わからないだろ」
『へえ。じゃあ、試してやるよ。今から——お前のところに行く』
通信が、途切れた。
直後——
帝国軍の本陣から、一つの影が飛び出した。
人間離れした速度で、城壁に向かってくる。
「あれは——」
「金城だ」
真琴は、拳を握りしめた。
「ガルド、リリア。ここは俺に任せてくれ」
「馬鹿を言うな。お前一人で——」
「大丈夫です」
真琴は、ガルドを見た。
「俺は——あいつと決着をつけなきゃいけない。元の世界からの、因縁だ」
ガルドは、真琴の目を見つめた。
そこには、揺るぎない決意があった。
「……わかった。だが、死ぬなよ」
「死にません。帳尻を合わせるまでは」
◇
金城が、城壁の上に降り立った。
周囲の兵士たちが、一斉に武器を向ける。
しかし——
「邪魔だ」
金城が、片手を振った。
瞬間、兵士たちの武器が「消えた」。
剣も、槍も、弓も——全てが、虚空に溶けるように消失した。
「なっ——」
「下がれ! 全員、下がれ!」
真琴が叫んだ。
兵士たちが、慌てて後退する。
残されたのは、真琴と金城——二人だけ。
「よう、帳尻」
金城は、にやりと笑った。
「久しぶりだな。元気そうじゃねえか」
「お前こそ」
「ああ、俺は最高だ。この世界に来てから、毎日が楽しくてしょうがねえ」
金城の目が、ぎらりと光った。
「欲しいものは、何でも手に入る。力も、金も、地位も——全部、俺のものだ」
「他人から奪った、偽りの力だろ」
「偽り? 冗談じゃねえ。奪ったものも、俺のものだ。それが——この世界のルールだ」
「違う」
真琴は、首を振った。
「お前が作り出した違算が、世界を壊してるんだ。帝国で起きてる資源枯渇も、人口減少も——全部、お前のせいだ」
「だから、なんだ? 俺には関係ねえ」
「関係ある」
真琴は、精算眼を発動させた。
金城の「全て」が、見える。
奪ってきた命の数。奪ってきた才能の量。奪ってきた資源の総量。
その一つ一つが、世界のバランスを崩している。
「お前の存在そのものが——この世界最大の違算だ」
「上等だ」
金城が、両手を広げた。
「なら、精算してみろよ。できるもんならな」
【強奪眼】が、発動した。
真琴の体から、力が吸い出される感覚。
生命力、魔力、さらには——
「お前の【精算眼】を——奪ってやる」
「させるか」
真琴は、【精算処理】を発動させた。
金城の【強奪眼】と、真琴の【精算眼】が——ぶつかり合う。
空間が、歪んだ。
城壁の石材が軋み、空気が震える。
二つの異能が、互いを打ち消し合いながら、せめぎ合っている。
「やるじゃねえか……」
金城が、歯を食いしばった。
「前より——強くなってやがる」
「お前を止めるために——修行したんだ」
「修行? くだらねえ。俺は修行なんかしなくても、奪えば強くなれる」
「だから——お前は勝てない」
真琴は、さらに力を込めた。
「奪うだけじゃ、本当の力にはならない。積み重ねて、磨いて、自分のものにしなきゃ——」
「うるせえ!」
金城が、叫んだ。
【強奪眼】の出力が、急上昇する。
真琴の【精算処理】が、押され始めた。
「お前は結局——レジ打ちなんだよ!」
金城が、吐き捨てるように言った。
「誰かが決めた値段を、言われた通りに打ち込むだけの——底辺の仕事! 何の創造性もない、誰でもできる——」
「違う」
真琴は、叫んだ。
「レジ打ちを——馬鹿にするな!」
その瞬間——
真琴の中で、何かが弾けた。
怒り。
誇り。
そして——五年間、ずっと抑え込んできた感情。
「俺は五年間——毎日、レジに立ち続けた」
真琴の声が、震えていた。
「誰にも認められなくても。報われなくても。それでも——毎日、一円の違いも許さなかった」
精算眼が、輝きを増す。
「それが——俺のプライドだ」
【精算処理】の出力が、跳ね上がった。
金城の【強奪眼】が、押し返される。
「なっ——」
「お前には、わからないだろうな」
真琴は、金城を見据えた。
「他人から奪うだけの人間には——自分の手で積み上げる尊さが」
「くそっ——」
金城が、後退した。
「今日は——引いてやる。だが、次は——」
「次はない」
真琴は、言った。
「俺は——お前を追いかける。世界帳簿のところまで」
「……やってみろ」
金城は、跳躍した。
人間離れした速度で、城壁から飛び降り、帝国軍の方へ消えていく。
真琴は、その背中を見送った。
「次こそ——決着をつける」
◇
金城が撤退した後、帝国軍は一時的に攻撃を中止した。
王都は、辛うじて持ちこたえた。
しかし、被害は甚大だった。城壁の一部は崩れ、多くの兵士が命を落とした。
「勝利——とは言えんな」
ガルドが、苦い顔で言った。
「金城が本気を出していたら——」
「わかっています」
真琴は、頷いた。
「今日は、引き分けに過ぎない。決着は——」
「世界帳簿のところで、だな」
「はい」
真琴は、北の空を見上げた。
「金城は、世界帳簿を奪いに行く。それを——止めなければ」
「お前、追いかけるのか」
「はい」
「……一人で行く気か?」
「いえ」
真琴は、ガルドを見た。
「一緒に、来てくれますか?」
ガルドは、苦笑した。
「言われなくても、行くに決まってるだろ」
「私も!」
リリアが、駆け寄ってきた。
「私も、一緒に行く!」
「リリア——」
「マコトの力になりたいの。お願い——置いていかないで」
真琴は、二人を見回した。
仲間がいる。
一人じゃない。
「……ありがとう」
夜が明ける頃、真琴たちは王都を出発した。
目指すは——世界の中心、「始原の神殿」。
金城との、最終決戦の地へ。
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