第十六章 精算眼・真髄
王都での籠城が始まって、一週間が経った。
帝国軍は、王都を包囲している。しかし、まだ総攻撃には踏み切っていない。
この猶予を、真琴は修行に費やした。
毎日、祈りの間にこもり、精算眼の新しい力を引き出そうとした。
【総決算】——全ての違算を、一度に精算する。
【監査モード】——過去の取引を、遡って確認する。
どちらも、今までの精算処理とは次元が違う。
最初は、全く手応えがなかった。
精算眼を発動させても、いつもと同じ情報が見えるだけ。新しい力の片鱗すら、感じられない。
「くそ——」
三日目の夜、真琴は壁に拳を打ちつけた。
「どうすれば——」
その時——ふと、思い出した。
レジ締めのことだ。
元の世界で、毎日やっていた作業。
現金を数え、帳簿と照合し、一円の狂いもないことを確認する。
あの作業で、最も重要だったことは何だろう。
集中。
正確さ。
そして——「全体を見渡す」こと。
レジ締めでは、一枚一枚の紙幣を数えるだけでは不十分だ。
最終的に、「全体として帳尻が合っているか」を確認しなければならない。
部分ではなく、全体を。
「……そういうことか」
真琴は、目を閉じた。
精算眼を発動させる。
しかし今度は、目の前の対象だけを見るのではなく——
「全体」を見ようとした。
この部屋全体。
この城全体。
この街全体。
この国全体。
そして——
この世界全体を。
視界が、広がった。
見える。
世界中の違算が、網の目のように繋がっているのが。
どこで何が増えて、どこで何が減っているのか。
全ての不均衡が、一つの「帳簿」として——見える。
「これが——【監査モード】——」
視界の中に、金城の姿が浮かび上がった。
彼を中心に、無数の線が伸びている。
奪い取った全てのもの——命、才能、資源、記憶——その一つ一つが、線として可視化されている。
「見える——金城が奪ってきた、全ての履歴が——」
そして——
【総決算】の力も、感じ取れた。
この線を、全て「元に戻す」ことができる。
金城が奪った全てを、本来の持ち主に返還する。
それが——【総決算】の力だ。
「できる——俺に、できる——」
真琴は、目を開けた。
視界が、いつもと違って見えた。
世界が、数字と線で構成された「帳簿」のように——見えた。
◇
「ガルドさん」
真琴は、ガルドの天幕を訪ねた。
「お前、何か変わったな」
ガルドは、真琴を見て眉を上げた。
「目つきが——違う」
「精算眼の、新しい力を手に入れました」
「そうか」
ガルドは、立ち上がった。
「なら——試してみろ」
「試す?」
「俺の傷だ」
ガルドが、上着を脱いだ。
彼の胸には、大きな傷跡があった。先日の戦闘で負った傷だ。医師の治療を受けたが、完全には塞がっていない。
「精算眼で、俺の傷を見てみろ」
真琴は、精算眼を発動させた。
【ガルド・ヴァレンシア】
【生命力:380/400】
【負傷度:+85】
【精算可能】
「負傷度、プラス85——」
「直せるか?」
「やってみます」
真琴は、【精算処理】を実行した。
しかし今回は、今までとは違った。
負傷を「消す」のではなく、「本来の状態に戻す」という意識で。
全体の帳尻を合わせるように。
ガルドの傷が、光を帯びた。
そして——塞がっていく。
数秒後、傷跡は完全に消えていた。
「……すげえな」
ガルドは、自分の胸を見下ろして呟いた。
「跡形もない」
「できた——」
真琴は、自分の手を見つめた。
今までの精算処理とは、明らかに質が違う。
より深く、より正確に、「本来あるべき状態」に戻すことができる。
「これなら——シルヴィアも——」
真琴は、シルヴィアの部屋に向かった。
◇
シルヴィアは、まだ眠っていた。
しかし、顔色は少し良くなっている気がした。
真琴は、精算眼を発動させた。
【シルヴィア・セレスティア】
【生命力:31/200】
【状態:重篤】
【原因:聖女の力の過剰使用】
【精算難易度:極高】
生命力は、わずかに回復している。
しかし、まだ危険な状態だ。
そして——「精算難易度:極高」。
今の真琴の力では、完全な精算は難しい。
「でも——何もしないよりは——」
真琴は、シルヴィアの手を取った。
精算処理を、開始する。
体から、エネルギーが流れ出ていく。
今までで、最も大きな消耗だ。
視界が霞む。膝が震える。
しかし——
【精算処理中……】
【生命力回復:31→67】
【状態改善:重篤→安定】
シルヴィアの顔に、血の気が戻っていく。
呼吸が、深くなる。
「……ん……」
シルヴィアの目が、ゆっくりと開いた。
「真琴……さん……?」
「シルヴィア——」
真琴は、彼女の手を握りしめた。
「よかった——目が覚めて——」
「私は——」
「大丈夫だ。もう、大丈夫だから」
シルヴィアの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう——ございます——」
まだ、完全には回復していない。
しかし——生きている。
それだけで、十分だった。
「シルヴィア」
真琴は、言った。
「俺は——金城を止める。精算眼の、真の力を手に入れた。今の俺なら——あいつと戦える」
「真琴さん——」
「だから——待っていてくれ。必ず、全部——終わらせてくる」
シルヴィアは、弱々しく——しかし、確かに——微笑んだ。
「信じて——います」
真琴は、立ち上がった。
窓の外では、帝国軍の旗が風に揺れていた。
「金城——」
真琴は、呟いた。
「帳尻を——合わせに行く」
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