第十四章 聖女の覚悟

その夜、シルヴィアが真琴の天幕を訪ねてきた。

 「少し、話をしてもいいですか」

 彼女の表情は、いつになく真剣だった。

 「もちろん」

 二人は、天幕の外に出て、星空の下を歩いた。

 月が、静かに輝いている。

 「世界帳簿について——もう少し詳しく、話しておきたいのです」

 シルヴィアが、語り始めた。

 「世界帳簿は、この世界が創られた時から存在する、神聖な記録です。全ての命の生死、全ての資源の移動、全ての出来事——ありとあらゆることが、そこに記録されています」

 「それを管理しているのは——」

 「女神アカウンティア様です。しかし、女神様は直接この世界に干渉することができません。だから——」

 「だから?」

 「聖女が、代わりに帳簿を守っています。私の——役目です」

 シルヴィアは、立ち止まった。

 「真琴さん。私の力について、正直に話します」

 「聖女の力——違和を感知する力、ですね」

 「それだけではありません」

 シルヴィアは、真琴を見つめた。

 「私の力は——世界帳簿と、繋がっています。小さな違算であれば、私にも修正できます。ただし——」

 「ただし?」

 「代償として、私の命が削られます」

 真琴は、息を呑んだ。

 「命が——」

 「聖女の力は、そういうものなのです。世界のバランスを保つために、自分の命を捧げる。それが——聖女の宿命」

 シルヴィアの声は、穏やかだった。

 まるで、とっくに覚悟を決めているかのように。

 「だから——あなたが現れたとき、私は本当に嬉しかった。あなたの精算眼は、代償なしに違算を修正できる。私には——できないことです」

 「シルヴィア……」

 「私は、あなたに全てを託したい。私の力、私の知識、そして——」

 シルヴィアは、真琴の手を取った。

 「私自身を」

 月明かりの中、シルヴィアの目が輝いていた。

 その瞳には、信頼と——それ以上の何かが、宿っていた。

 「シルヴィア、俺は——」

 「答えは、今でなくていいです」

 シルヴィアは、微笑んだ。

 「ただ、知っておいてほしかったのです。私が——あなたのために、何をする覚悟があるのかを」


     ◇


 翌日、前線に悪い知らせが届いた。

 「帝国軍、総攻撃を開始! 王国軍の防衛線が、突破されつつある!」

 金城が、本格的に動き出したのだ。

 「全軍、撤退準備! 王都まで引く!」

 将軍の命令が、響いた。

 前線は、崩壊した。

 王国軍は、散り散りになりながら、王都を目指して退却を始めた。

 真琴たちも、その流れに乗った。

 しかし——

 「待ち伏せだ! 帝国軍が——」

 退路を、塞がれていた。

 帝国軍の一隊が、森の中から現れ、退却する王国軍を襲撃した。

 「くそっ!」

 ガルドが、剣を抜いて敵に斬りかかる。

 「リリア、援護を!」

 「わかってる!」

 リリアが、魔法を放つ。

 しかし、敵の数は多い。三百以上はいる。

 そして——敵軍の中に、見覚えのある影があった。

 「やあ、帳尻」

 金城が、馬上から見下ろしていた。

 「逃げられると思ったか?」

 「金城……」

 「お前の精算眼、俺の邪魔になるんでね。ここで——消えてもらう」

 金城の目が、赤く光った。

 【強奪眼】の発動だ。

 「お前の命を——奪う」

 真琴は、体の芯から力が吸い出される感覚を覚えた。

 膝が、崩れそうになる。

 視界が、暗くなっていく。

 「マコト!」

 シルヴィアが、真琴の前に立った。

 「させません!」

 彼女の体から、白い光が放たれた。

 金城の【強奪眼】と、シルヴィアの光が——衝突した。

 「聖女か。小賢しい」

 金城は、舌打ちした。

 「だが、お前の力じゃ——」

 「私の命を——捧げます」

 シルヴィアが、叫んだ。

 彼女の体から、さらに強い光が溢れ出した。

 金城の【強奪眼】が、押し返されていく。

 「シルヴィア、やめろ! 命が——」

 「大丈夫です。私は——覚悟、していますから」

 シルヴィアの顔色が、見る見るうちに白くなっていく。

 命を、削っている。

 「撤退だ! 全員、今のうちに——」

 ガルドの声が、響いた。

 王国軍の残存兵が、シルヴィアの光に守られながら、退却していく。

 「シルヴィア!」

 真琴は、シルヴィアに駆け寄った。

 「もういい! 止めてくれ!」

 「……まだ、です」

 シルヴィアは、震える声で言った。

 「みんなが——逃げるまで……」

 「だからって——」

 「真琴さん」

 シルヴィアが、真琴を見た。

 その目には、涙が浮かんでいた。

 「あなたを——信じています」

 光が、最大に輝いた。

 そして——消えた。

 シルヴィアが、倒れた。

 「シルヴィア!」

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