第十二章 仲間の過去

前線での戦闘が小康状態になった夜、真琴たちは野営地で火を囲んでいた。

 ガルド、リリア、シルヴィア、そして真琴。

 四人が、静かに炎を見つめている。

 「今日も、生き延びたな」

 ガルドが、ぽつりと言った。

 「明日は、どうなるかわからんが」

 「縁起でもないこと言わないでよ、ガルドさん」

 リリアが、頬を膨らませた。

 「事実を言っているだけだ」

 「事実でも、言っていいことと悪いことが——」

 「二人とも」

 シルヴィアが、穏やかに止めた。

 「今夜くらいは、穏やかに過ごしましょう」

 火の爆ぜる音だけが、しばらく続いた。

 真琴は、仲間たちの顔を見回した。

 この一ヶ月で、彼らとは深い絆が生まれた。しかし、彼らの過去については、まだ詳しく聞いていない部分が多い。

 「ガルドさん」

 真琴は、口を開いた。

 「帝国にいた頃のこと——もう少し、聞いてもいいですか」

 ガルドは、しばらく黙っていた。

 そして——話し始めた。

 「俺が帝国騎士団に入ったのは、十八の時だった。田舎の農家の三男坊で、継ぐ土地もなかったからな。剣の腕だけが取り柄だった」

 火の光が、ガルドの顔を照らしている。

 「騎士団では、それなりに認められた。隊長にもなった。このまま将軍になれるかもしれない、なんて言われたこともあった」

 「すごいじゃないですか」

 「いや——俺には、向いてなかったんだ」

 ガルドは、首を振った。

 「出世すればするほど、汚い部分が見えてくる。上官の不正、貴族の横暴、見て見ぬふりをする同僚たち。俺は、耐えられなかった」

 「それで、告発を——」

 「ああ。馬鹿だったよ、俺は。正義を振りかざせば、世界が変わると思っていた」

 ガルドは、自嘲気味に笑った。

 「結果は、お前も知っての通りだ。追われる身になって、家族と共に国を出た。妻と娘がいたんだが——」

 その言葉に、真琴は息を呑んだ。

 妻と娘。

 「逃亡の途中で、追手に襲われた。俺は戦ったが——守りきれなかった」

 ガルドの声が、わずかに震えた。

 「妻は、俺を庇って死んだ。娘は——連れ去られた。今、どこにいるのかもわからない」

 「ガルドさん……」

 「だから俺は、帝国を許さない。そして——いつか、娘を取り戻す。それが、俺の生きる理由だ」


 重い沈黙が、場を包んだ。

 リリアが、静かに口を開いた。

 「私も——話していいですか」

 「リリア……」

 「私の故郷のこと。前に少しだけ言ったけど——」

 リリアは、膝を抱えた。

 「私の村は、北の山間にあったの。小さな村だけど、みんな仲良くて、穏やかな場所だった」

 彼女の目が、遠くを見ていた。

 「三年前のある日、突然——村が、消えたの」

 「消えた?」

 「うん。文字通り、消えた。私が薬草を採りに森に出ていた間に——村も、家も、家族も、みんな——跡形もなくなっていた」

 真琴は、背筋が凍る思いだった。

 「それは——」

 「後で知ったの。『違算』って呼ばれる現象だって。世界のバランスが崩れて、本来あるべきものが、あるべき場所から消えてしまう——」

 リリアの声が、震えた。

 「私だけ、生き残っちゃった。私だけ——」

 「リリア……」

 シルヴィアが、リリアの肩を抱いた。

 「あなたは、悪くない」

 「でも——」

 「生き残ったことを、責めてはいけません。あなたが生きているからこそ、できることがある」

 シルヴィアは、真琴を見た。

 「真琴さんがいれば——あなたの故郷の人々も、取り戻せるかもしれません」

 「取り戻せる?」

 真琴は、目を見開いた。

 「消えた村を——取り戻せるんですか?」

 「違算を精算すれば、理論上は可能なはずです。消えたのではなく、『どこかに移動した』のであれば——」

 希望の光が、リリアの目に宿った。

 「本当に……?」

 「約束はできない」

 真琴は、正直に言った。

 「でも、やれることは、やる。リリアの故郷も——」

 「ありがとう、マコト」

 リリアが、涙ぐみながら笑った。

 「私、マコトを信じる」


 シルヴィアが、静かに語り始めた。

 「私も——過去を、話しますね」

 「シルヴィア……」

 「聖女として生きてきた私には、自由がありませんでした。生まれた時から、神殿に捧げられ、教育を受け、人々のために祈ることだけが、私の役目だった」

 彼女の声は、穏やかだった。

 「でも——私には、力がありました。違和を感知する力。世界のバランスの乱れを、肌で感じることができた」

 「精算眼に似た能力……」

 「ええ。でも、私にできるのは『感じる』ことだけ。修正する力は、ありませんでした」

 シルヴィアは、真琴を見つめた。

 「だから、あなたが現れたとき——私は、希望を見ました。私にできなかったことが、できる人が現れたのだと」

 「シルヴィア……」

 「私は、あなたの力になりたい。あなたと共に、この世界の違算を——全て、解消したい」


 四人が、互いを見つめた。

 それぞれが、過去を抱えている。

 傷を、悲しみを、後悔を。

 しかし——その全てが、今、一つの目的のために集まっている。

 「俺たちは、仲間だ」

 ガルドが、言った。

 「背中は、任せろ」

 「私も——最後まで、一緒にいる」

 リリアが、頷いた。

 「私も——」

 シルヴィアが、真琴の手を取った。

 「共に、戦いましょう」


 真琴は、仲間たちの顔を見回した。

 一人じゃない。

 この世界に来て、初めて——本当の意味で、そう思えた。

 「ありがとう。みんな——」

 言葉は、それ以上続かなかった。

 しかし、伝わった——と、信じた。

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