第十一章 前線の違算

開戦から、二週間が経った。

 戦況は、王国にとって厳しいものだった。

 帝国軍は、圧倒的な兵力で国境を突破し、いくつかの街を陥落させた。王国軍は必死の抵抗を続けているが、じりじりと押されている。

 真琴は、後方支援として前線に派遣されていた。

 「帳簿管理官」という肩書きは、戦場では奇妙に響く。しかし、真琴の役割は明確だった——戦場で発生する違算を、解消すること。

 そして、違算は次々と発生していた。

 「また、武器が消えた!」

 兵站担当の将校が、悲鳴のような声を上げた。

 「昨日補給した剣が、百本以上なくなっている! 一体、誰が——」

 真琴は、精算眼を発動させた。


 【倉庫内在庫】

 【剣:記録420本→実数312本】

 【差異:-108本】

 【原因:強奪(外部干渉)】


 「強奪……」

 真琴は、呟いた。

 金城の仕業だ。

 【強奪眼】は、遠距離からでも物資を「奪う」ことができるらしい。それが、どれほどの範囲まで及ぶのかはわからないが——少なくとも、前線の倉庫にまで届いている。

 「精算できますか?」

 シルヴィアが、横から尋ねた。

 「やってみます」

 真琴は、【精算処理】を実行した。


 【精算処理実行】

 【対象:武器の違算(-108本)】

 【処理中……】

 【エラー:対象は別の力により固定されています】

 【精算不可】


 「……ダメだ。金城の力で、固定されている」

 「固定?」

 「奪われたものを、取り戻せないように——ロックをかけられている」

 これが、【強奪眼】の恐ろしさだ。

 単に奪うだけでなく、奪ったものを「確定」させる力がある。真琴の【精算眼】でも、簡単には覆せない。

 「なら、新しい武器を——」

 「それも、奪われる可能性があります。きりがない」

 真琴は、頭を抱えた。

 このままでは、王国軍は補給を断たれ、戦う前に崩壊してしまう。


     ◇


 問題は、武器だけではなかった。

 「食糧が足りない! 計算より三割も減っている!」

 「水の味がおかしい! 毒でも入ってるんじゃないか!」

 「傷が治らない! 魔法をかけても、効果がすぐ消える!」

 前線の至るところで、異常が報告されていた。

 全て、金城の【強奪眼】による干渉だった。

 食糧の「栄養」を奪う。水の「純度」を奪う。治癒魔法の「効果」を奪う。

 物理的なものだけでなく、概念的なものまで奪えるのが、金城の能力の恐ろしさだった。

 「このままじゃ、持たない……」

 真琴は、疲弊した兵士たちを見回した。

 彼らは、まともに戦えない状態だ。武器は不足し、食事は栄養がなく、怪我は治らない。

 しかも——

 「敵兵だ! 敵兵が来るぞ!」

 見張りの声が響いた。

 帝国軍の奇襲だった。

 「陣形を整えろ! 迎撃準備!」

 ガルドが、剣を抜いて叫んだ。

 しかし、兵士たちの動きは鈍い。疲労と栄養不足で、まともに動けない者が多い。

 敵は、三百ほど。こちらは、百五十。

 数の上でも不利だ。

 「マコト、下がれ!」

 ガルドが、真琴を庇うように前に出た。

 「俺とリリアで持ちこたえる! お前は——」

 「いや、待ってください」

 真琴は、精算眼を敵軍に向けた。


 【敵軍分析】

 【総数:312名】

 【うち、生存者:298名】

 【うち、「復活した死者」:14名】

 【違算レベル:高】


 「復活した死者」。

 その情報に、真琴は目を見開いた。

 敵の中に、本来は死んでいるはずの兵士がいる。

 金城が、死者の「死」を奪い、無理やり動かしているのか——

 「あの中に、死んでいるはずの兵士がいます。十四名」

 「死んでいる?」

 「おそらく、金城の能力で動かされています。でも——違算は、精算できる」

 真琴は、意識を集中させた。

 「復活した死者」は、本来存在しないものだ。つまり——消去できる。


 【精算処理実行】

 【対象:復活した死者(14名)】

 【処理中……】

 【精算完了】


 敵軍の中で、十四人の兵士が突然崩れ落ちた。

 糸が切れた人形のように、その場に倒れる。

 「な、なんだ? 何が起きた!」

 敵軍に、動揺が広がった。

 「今だ! 突撃!」

 ガルドが、剣を掲げて叫んだ。

 王国軍が、どっと押し出す。

 敵軍は、混乱の中で押し返され——撤退を始めた。


     ◇


 戦闘は、辛うじて勝利に終わった。

 しかし、被害は大きかった。王国軍は、三十名以上の死傷者を出した。

 「……くそ」

 ガルドが、剣についた血を拭いながら呟いた。

 「これが、戦争か」

 真琴は、戦場を見回した。

 横たわる味方の遺体。呻き声を上げる負傷者。

 血と泥と、死の匂い。

 これが——戦争の現実だ。

 「マコト」

 リリアが、青ざめた顔で近づいてきた。

 「私——初めて、人を……」

 彼女の手は、震えていた。

 魔法で敵兵を倒したのだろう。

 「リリア……」

 「大丈夫。私は、大丈夫だから……」

 リリアは、無理に笑おうとした。

 しかし、涙がこぼれた。

 真琴は、何も言えなかった。

 慰めの言葉など、思いつかなかった。

 ただ——

 「俺が、金城を止める」

 真琴は、言った。

 「あいつを止めれば、この戦争も終わる。だから——」

 「……うん」

 リリアは、涙を拭いた。

 「マコトなら、できるよ。私、信じてる」


 その夜、真琴は一人で空を見上げていた。

 金城を止める。

 言葉にするのは簡単だが、実際にどうすればいいのか——まだ、わからない。

 【強奪眼】の力は、【精算眼】を上回っている。

 少なくとも、今の段階では。

 もっと強くならなければ。

 もっと——


 『真琴』


 頭の中に、声が響いた。

 女神アカウンティアの声だ。

 「女神様……」

 『あなたの戦いを、見ています。よく頑張っていますね』

 「でも、まだ金城には——」

 『焦らないで。あなたの【精算眼】には、まだ引き出されていない力があります』

 「引き出されていない力?」

 『今は、まだ教えられません。しかし——時が来れば、わかります。その時まで、諦めないで』

 声が、遠ざかっていく。

 真琴は、拳を握りしめた。

 諦めない。

 諦めるわけには、いかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る