第十章 再会、そして宣戦
国境の町、ボーダーライン。
その名の通り、王国と帝国の国境線上に位置する中立地帯だった。
真琴たちが到着したのは、会談の前日の夕方だった。
一行は、国王、宰相、シルヴィア、護衛の騎士団、そして真琴とガルド、リリア。総勢五十名ほどの大所帯だ。
町は、緊張感に包まれていた。
帝国側からも、同規模の使節団が来ているという。町の中央にある広場を境に、両国の旗が対峙している。
「ここが、国境か」
真琴は、広場を眺めながら呟いた。
精算眼を発動させる。
【ボーダーライン周辺】
【違算レベル:中〜大(複数)】
【空間歪曲:検知】
【原因:不明】
この町にも、違算が発生している。
しかも、空間そのものが歪んでいる。
「マコト、大丈夫?」
リリアが、心配そうに声をかけてきた。
「ああ、大丈夫。ただ——この町、何かおかしい」
「おかしい?」
「うまく言えないけど……違算が、自然発生したものじゃない気がする」
誰かが、意図的に作り出している——そんな気配を、感じた。
◇
会談は、翌日の正午から始まった。
場所は、町の中央にある中立の館。両国の旗が並べて掲げられている。
王国側は、国王、宰相、シルヴィア、そして真琴。
帝国側は——
扉が開いた瞬間、真琴は凍りついた。
帝国の使節団の先頭に立っていたのは、見覚えのある男だった。
三十代前半。整った顔立ち。しかし、目の奥には冷たい光が宿っている。
高級そうな軍服を纏い、胸には勲章がいくつも輝いている。
帝国の皇子——という触れ込みだった。
しかし、真琴にはわかった。
この男は、皇子などではない。
「金城……」
思わず、口をついて出た。
男が、こちらを見た。
そして——にやりと笑った。
「よう、帳尻。久しぶりだな」
会議室に、緊張が走った。
国王が、眉をひそめた。
「知り合いか?」
「ええ——昔の、同僚です」
真琴は、精算眼を金城に向けた。
【金城剛志(転生者)】
【固有能力:強奪眼(ごうだつがん)】
【奪取履歴:多数(詳細は監査モードで確認可能)】
【現在の地位:帝国皇子(強奪により取得)】
【危険度:極めて高い】
強奪眼。
奪取履歴——多数。
皇子の地位も、「強奪により取得」。
つまり——
「お前、本物の皇子を——」
「おっと、そこから先は言わない方がいいぜ」
金城は、人差し指を唇に当てた。
「この場には、帝国の人間も大勢いるんだからな。俺が『皇子様』じゃないなんて知れたら、お前らも困るだろ?」
「……」
真琴は、歯を食いしばった。
金城の言う通りだ。ここで彼の正体を暴いても、混乱を招くだけだ。
「まあ、積もる話は後にしよう」
金城は、平然と椅子に座った。
「まずは、外交交渉だ。俺も一応、帝国の代表として来てるんでな」
会談が、始まった。
帝国側の主張は、予想通りのものだった。
「我が帝国では、原因不明の災厄が続いている。資源は枯渇し、作物は枯れ、民は次々と命を落としている。これは、王国による呪いに違いない」
帝国の外交官が、声を張り上げた。
「我々は、賠償を要求する。そして——国境地帯の割譲を」
「無茶な要求だ」
宰相が、反論した。
「我が国が呪いをかけたという証拠はどこにある? 根拠のない言いがかりだ」
「証拠ならある」
金城が、口を開いた。
「俺の目は、全てを見通す。お前らの国で、何が起きているか——全部、わかるんだよ」
精算眼と同じような能力——しかし、方向性が真逆だ。
真琴が「修正」する力なら、金城は「奪う」力。
「帝国の資源が減っているのは、お前らの国に『流れている』からだ」
金城は、真琴を見た。
「なあ、帳尻。お前なら、わかるだろ? 違算ってやつが、どういうものか」
「……」
真琴は、答えなかった。
金城の言っていることは、半分は正しい。
違算は、世界全体で連動している。どこかで「余剰」が生じれば、どこかで「不足」が生じる。
しかし——
「それは、誰かが意図的に作り出している」
真琴は、言った。
「自然発生した違算じゃない。誰かが——お前が、作り出しているんだろう」
会議室が、静まり返った。
金城の目が、わずかに細くなった。
「……ほう。気づいたか」
「お前の能力は、『強奪』だ。他者から奪い取る力。お前が帝国で何かを奪い続けた結果、世界全体のバランスが崩れているんだ」
「だから、なんだ?」
金城は、肩をすくめた。
「俺は、欲しいものを手に入れる。それだけのことだ。この世界に来て、俺は気づいたんだよ——元の世界じゃ、何をやっても報われなかった。努力しても、我慢しても、結局は何も得られなかった。でも、ここは違う」
金城の目が、ぎらりと光った。
「この世界じゃ、力がある者が全てを手に入れられる。俺には、その力がある」
「それで——世界を壊すつもりか」
「壊れるなら、壊れればいい。俺さえ良ければ、それでいい」
会談は、決裂した。
帝国側は、席を立った。
金城は、去り際に真琴の耳元で囁いた。
「帳尻。お前の能力、悪くないと思ってる。でも——俺の【強奪眼】には勝てない」
「……」
「俺はこの世界で王になる。いや、王以上の存在に。邪魔するなよ」
金城は、笑いながら去っていった。
◇
その夜、帝国から正式に宣戦布告が届いた。
「これで——戦争だ」
国王の声が、重く響いた。
真琴は、窓の外を見ていた。
北の空が、赤く染まっている。
帝国軍が、国境を越えたという報告が、次々と入ってきていた。
「金城……」
真琴は、拳を握りしめた。
あいつが——違算の原因の一つだったのか。
いや、「一つ」ではない。
おそらく、最大の原因だ。
金城の【強奪眼】が、世界のバランスを崩し続けている。
それを止めなければ——世界は、崩壊する。
「マコト」
シルヴィアが、隣に立った。
「あなたは——彼を、止められますか?」
「……わからない」
真琴は、正直に答えた。
「でも、やるしかない」
「そう、ですね」
シルヴィアは、静かに頷いた。
「私も——あなたと共に、戦います」
戦争が、始まった。
真琴と金城——二人の転生者の運命が、ついに交錯した。
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