第七章 王都への召喚
廃鉱山の一件から、二週間が経った。
真琴たちの噂は、瞬く間にレイブリッジ中に広まった。Cランクのパーティが全滅した場所を、Eランクのパーティがたった三人で攻略した——その事実は、冒険者たちの間で大きな話題となった。
ギルドでの扱いも変わった。
依頼を受けに行くと、他の冒険者たちが敬意を込めた目で見てくる。酒場では、酒を奢ろうとする者が後を絶たない。
「有名人になっちゃったね、マコト」
リリアが、嬉しそうに言った。
「別に、俺がすごいわけじゃない。ガルドさんとリリアがいなければ——」
「謙遜はいいから。あの裂け目を消したの、マコトでしょ?」
「まあ……」
「じゃあ、すごいのはマコトだよ」
リリアは、にこにこと笑っていた。
真琴は、苦笑するしかなかった。
そして、その日は来た。
ギルドに現れたのは、白い鎧を纏った騎士だった。胸には、王家の紋章が刻まれている。
「帳尻真琴殿はおられるか」
騎士の声が、ギルドの酒場に響いた。
全員の視線が、真琴に集まった。
「俺です」
真琴は、立ち上がった。
騎士は、一礼した。
「王宮より召喚状をお届けに参りました。国王陛下が、貴殿との謁見を望んでおられます」
ざわめきが広がった。
国王からの直接召喚。それは、一介の冒険者にとっては異例中の異例だ。
「……わかりました。いつ参上すればよろしいですか」
「明日の正午、王宮の謁見の間にお越しください。同行者がおられれば、共に」
騎士は、羊皮紙に記された召喚状を真琴に手渡した。
「失礼する」
騎士は、そのまま去っていった。
「王様に会うの? すごーい!」
リリアが、目を輝かせた。
「俺も同行する」
ガルドが、淡々と言った。
「お前一人で行かせるわけにはいかん」
「ありがとうございます」
真琴は、召喚状を見つめた。
王宮。国王。
この世界に来て、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに、国の最高権力者に会うことになるとは——。
運命というものは、本当にわからないものだ。
◇
翌日、三人は王都へ向かった。
王都は、レイブリッジから東に二日の距離にあった。途中、宿場町で一泊し、翌朝には王都の城門に到着した。
城門をくぐった瞬間、真琴は息を呑んだ。
レイブリッジも大きな街だと思っていた。しかし、王都はその比ではなかった。
石畳の大通りは、馬車が四台並んでも余裕があるほど広い。建物は五階建て、六階建てが当たり前。塔のような尖塔が、あちこちに聳えている。
人の数も、圧倒的だった。商人、職人、貴族、兵士——あらゆる階層の人々が行き交っている。
そして、街の中央に聳えるのは——王宮だった。
白い石造りの城。塔が七つあり、それぞれが旗を掲げている。城壁は三重になっており、その威容は見る者を圧倒する。
「すごい……」
リリアが、呆然と呟いた。
「初めて見たでしょ、王宮。私も、これが二回目」
「二回目?」
「うん。昔、一度だけ——」
リリアは、そこで言葉を止めた。
何か、触れられたくない過去があるのかもしれない。真琴は、それ以上聞かなかった。
王宮の門で召喚状を見せると、騎士たちが恭しく道を開けた。
中庭を通り、正門をくぐり、長い廊下を歩く。壁には絵画や彫刻が並び、天井にはシャンデリアが輝いている。
贅を尽くした空間。
しかし真琴は、どこか居心地の悪さを感じていた。
この華やかさの裏には、何があるのだろう。
精算眼を、なんとなく発動させてみた。
——瞬間、情報の洪水に襲われた。
壁の絵画——贋作(確率17%)。
天井の装飾——金箔の剥離(開始まで3ヶ月)。
床の絨毯——虫食い(進行中)。
すれ違う貴族——借金(高確率)。
すれ違う侍女——不満(心理状態)。
王宮の「違算」が、次々と見えてしまう。
真琴は、慌てて精算眼を止めた。
見なくていいものまで、見えてしまう。この能力の厄介なところだ。
◇
謁見の間は、想像以上に広かった。
高い天井、大理石の柱、赤い絨毯。奥には玉座があり、そこに一人の男が座っている。
白髪交じりの髪。整った髭。威厳のある顔立ち。
精算眼が、情報を表示する。
【アルバート・レデュクシア三世】
【称号:国王】
【生命力:280/350】
【状態:疲労、憂慮】
国王は、疲れていた。
表情には出さないが、精算眼には隠せない。何か、大きな問題を抱えているのだろう。
玉座の隣には、二人の人物が立っていた。
一人は、痩せた中年の男。黒いローブを纏い、陰鬱な目をしている。
【宰相:マルクス・ヴェイン】
【状態:警戒、懐疑】
もう一人は、若い女性だった。
白い法衣を纏い、長い銀色の髪をしている。その美しさは、この世のものとは思えないほど——。
真琴は、一瞬、女神アカウンティアを思い出した。しかし、違う。この人は、人間だ。
【シルヴィア・セレスティア】
【称号:聖女】
【生命力:200/200】
【状態:期待、関心】
聖女。
この世界における、宗教的な最高位の一つ。女神に選ばれた存在として、人々の尊敬を集めているという。
「帳尻真琴だな」
国王の声が、謁見の間に響いた。
「は、はい」
真琴は、膝をついて頭を下げた。ガルドとリリアも、同様に。
「顔を上げよ」
国王の声は、穏やかだった。
「余は堅苦しいのは好かぬ。立って話せ」
真琴たちは、立ち上がった。
国王は、真琴をじっと見つめていた。
「レイブリッジの廃鉱山で、空間の裂け目を消したと聞いた。事実か?」
「はい、陛下」
「どうやって?」
真琴は、どこまで話すべきか迷った。
しかし、嘘をついてもすぐにばれるだろう。国王相手に、中途半端な誤魔化しは通用しない。
「俺には——精算眼という能力があります。物事の『本来あるべき状態』と『現在の状態』の差異を見ること。そして、それを修正することができます」
「修正?」
「はい。あの裂け目は、本来存在しないものでした。だから——存在しない状態に、戻しました」
謁見の間が、静まり返った。
宰相が、懐疑的な目で真琴を見ていた。
しかし、聖女シルヴィアは——違った。
彼女は、何かを確信したような表情で、真琴を見つめていた。
「陛下」
シルヴィアが、口を開いた。
彼女の声は、鈴の音のように澄んでいた。
「この者の言葉に、偽りはありません。私の力でも、感じ取ることができます——この者には、世界の『違和』を正す力がある」
「ほう」
国王は、興味深そうに眉を上げた。
「聖女殿がそう仰るのであれば、信じよう」
宰相が、不満そうな顔をした。しかし、何も言わなかった。
「帳尻真琴」
国王は、真琴を見据えた。
「我が国にも、原因不明の災害が頻発している。作物の不作、疫病の蔓延、魔物の異常発生——どれも、従来の方法では解決できぬ問題ばかりだ」
「……」
「そなたの力が、それらを解決できる可能性があるのであれば——力を貸してほしい」
国王は、一呼吸置いた。
「もちろん、相応の報酬は約束する。何か、望むものがあれば言え」
真琴は、考えた。
望むもの。
元の世界に帰る方法? それは、ここで求めても意味がない。
金や地位? それも、今の自分には必要ない。
では、何を——
「……一つだけ」
真琴は、言った。
「俺の能力について、詳しく知りたいのです。なぜ俺にこんな力があるのか。どこまでできるのか。それを知る手がかりがあれば——」
「ふむ」
国王は、頷いた。
「聖女殿。何か、心当たりはあるか?」
シルヴィアが、一歩前に出た。
「陛下、私から提案があります」
「申せ」
「彼を、王宮付きの『帳簿管理官』として任命することをお勧めします。私と共に、各地の異変を調査させてください。その過程で、彼の能力についても、より深く理解できるはずです」
帳簿管理官。
なんとも皮肉な肩書きだ、と真琴は思った。
元の世界でも、帳簿を合わせる仕事をしていた。この世界でも、同じような役目を負うことになるとは——。
「よかろう」
国王は、決定を下した。
「帳尻真琴。そなたを、王国の帳簿管理官に任命する。聖女シルヴィアと共に、各地の異変を調査し、解決せよ」
「……承知しました」
真琴は、頭を下げた。
「期待しておるぞ」
国王の言葉と共に、謁見は終わった。
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