第五章 レジスキルの応用
ガルドの剣が、風を切って振り下ろされた。
正面のゴブリンが、悲鳴を上げる間もなく両断される。返す刀で、隣のゴブリンの首を刎ねる。流れるような動作。無駄のない、洗練された剣技。
元騎士という肩書きは、伊達ではなかった。
「ファイアボルト!」
リリアの声と共に、火球が放たれた。左側のゴブリン二体を巻き込み、炎上させる。断末魔の叫びが、森に響いた。
残り三体。
右側から回り込もうとしていたゴブリンたちが、真琴に気づいた。
まずい。
戦闘能力E。
剣も、魔法も、使えない。
真琴は、本能的に後退した。しかし、足がもつれた。背中が、木の幹にぶつかる。
ゴブリンたちが、醜悪な笑みを浮かべながら迫ってくる。手には、錆びた短剣。
殺される。
そう思った瞬間——精算眼が、情報を表示した。
【ゴブリン(個体D)】
【次の行動:右手で刺突(0.8秒後)】
【回避方向:左下に転がる】
行動予測。
そして、回避方法。
真琴は、考えるより先に体を動かしていた。左下に転がる。頭上を、短剣が通過した。
間一髪。
【ゴブリン(個体E)】
【次の行動:上段から振り下ろし(0.5秒後)】
【回避方向:右に跳ぶ】
右に跳ぶ。振り下ろされた短剣が、地面を抉った。
精算眼が、敵の動きを完全に予測している。
真琴は、転がりながら必死で逃げ続けた。攻撃する手段はない。しかし、避けることはできる。
「マコト!」
リリアの声。
振り向くと、彼女が杖を向けていた。
「伏せて!」
真琴は、反射的に地面に伏せた。
「ウィンドカッター!」
風の刃が、真琴の頭上を通過した。ゴブリン二体を切り裂く。
最後の一体が、怯んだ。
その隙を、ガルドが逃さなかった。
背後から現れた剣が、ゴブリンを貫く。
「終わりだ」
ガルドが、剣を引き抜いた。
森に、静寂が戻った。
真琴は、地面に座り込んだ。
心臓が、早鐘を打っている。手が震えている。足に力が入らない。
「生きてるか?」
ガルドが、見下ろしていた。
「は、はい……」
「よく避けた。戦闘能力Eの人間が、ゴブリン三体に囲まれて無傷とは」
「精算眼で、動きが見えたので……」
「なるほど。行動予測か。便利な能力だな」
ガルドは、剣についた血を払った。
「だが、次はないと思え。避けるだけでは、いずれ限界が来る。何か、武器を持つことを勧める」
「……わかりました」
リリアが、心配そうに駆け寄ってきた。
「マコト、大丈夫? 怪我してない?」
「大丈夫。リリアのおかげで助かった」
「よかった……」
リリアは、ほっと息を吐いた。
「私、間に合わなかったらどうしようって……」
「間に合った。それが全てだ」
ガルドが、淡々と言った。
「さあ、行くぞ。本番はこれからだ」
ゴブリンの巣は、森の奥にある洞窟だった。
入り口は狭いが、中は意外と広そうだ。精算眼で見ると——
【洞窟内部】
【生命反応:23体】
【罠:3箇所】
【隠し通路:1箇所】
「中に二十三体います。罠が三つ。隠し通路が一つ」
真琴の報告に、ガルドが驚いた表情を見せた。
「罠の位置まで見えるのか?」
「はい。入り口から十歩先に落とし穴。左の壁沿いにワイヤートラップ。奥の広間に——」
真琴は、精算眼の情報を読み上げた。
「……使える」
ガルドは、初めて真琴を認める目で見た。
「お前が先導しろ。俺とリリアが続く」
「わかりました」
三人は、洞窟に足を踏み入れた。
暗闘が始まった。
真琴は、精算眼を頼りに罠を避け、敵の配置を仲間に伝え続けた。
「右の壁の裏に二体!」
ガルドが、壁を回り込んで斬りかかる。
「正面から五体来ます!」
リリアが、魔法で牽制する。
「そこ、落とし穴!」
ガルドが、寸前で足を止める。
真琴自身は、ほとんど戦っていない。しかし、彼の情報提供がなければ、この戦いは何倍も困難になっていただろう。
精算眼は、ただ「見る」だけではなかった。
敵の動き、罠の位置、地形の変化——あらゆる情報を瞬時に解析し、最適な行動を導き出す。それは、かつてのレジ業務で培った「状況判断能力」の延長線上にある能力だった。
レジ打ちは、単純作業ではない。
客の流れを見て、最適なタイミングで次の客を呼ぶ。商品を見て、スキャンの順序を決める。金銭を受け取って、最速で釣銭を返す。
常に複数の情報を同時処理し、最適解を導き出す。
それが、レジスタッフに求められる能力だった。
そして今、その能力は——戦場で、仲間の命を守る力になっていた。
洞窟の奥、最深部。
そこに、ゴブリンのボスがいた。
他のゴブリンより一回り大きく、筋肉質。手には、錆びた大剣を持っている。
【ゴブリン(ボス個体)】
【生命力:180/200】
【状態:興奮】
【特性:狂戦士化(被ダメージで攻撃力上昇)】
「狂戦士化——ダメージを受けると攻撃力が上がるタイプです!」
「厄介だな」
ガルドが、剣を構えた。
「一撃で仕留めるか、遠距離から削るか」
「リリア、遠距離攻撃はどれくらい持つ?」
「あと三発くらいなら……」
真琴は、精算眼でボスを分析した。
弱点はないか。
何か、攻略の糸口は——
【精算可能項目】
→ 狂戦士化:無効化(精算コスト:中)
→ 生命力:減少付与は不可(対象の意思で抵抗される)
狂戦士化を無効化できる。
「待ってください」
真琴は、一歩前に出た。
「俺が、あいつの特性を消します」
「消す?」
「精算眼で——説明は後で。やります」
真琴は、ボスに意識を集中させた。
【狂戦士化:無効化】を実行。
体の奥から、エネルギーが引き出される。今までより、消耗が大きい。膝が、少し震えた。
しかし——
【ゴブリン(ボス個体)】
【特性:なし】
「今です!」
ガルドとリリアが、同時に動いた。
ガルドの剣が、ボスの胸を貫く。リリアの火球が、背中を焼く。
ゴブリンのボスは、断末魔の叫びを上げて倒れた。
戦いが、終わった。
◇
洞窟を出ると、既に日が傾き始めていた。
三人は、森の中で一息ついた。
「説明してもらおうか」
ガルドが、真琴を見据えた。
「お前の能力。『精算』とは何だ」
真琴は、できる限り正直に話した。
精算眼という能力。本来あるべき数値と現在の数値の差異を見ること。そして、それを修正——「精算」できること。
「嘘をついているようには見えん」
ガルドは、腕を組んで考え込んだ。
「だが、そんな能力は聞いたことがない。お前は一体、何者だ」
「……正直、自分でもよくわかっていません」
「そうか」
ガルドは、それ以上追及しなかった。
「まあいい。お前の能力が本物だということは、今日の戦いで証明された。俺たちのパーティに、正式に加入する気はあるか?」
「……いいんですか?」
「俺が誘っている。それが答えだ」
リリアが、嬉しそうに手を叩いた。
「やった! マコト、仲間だね!」
「……よろしくお願いします」
真琴は、頭を下げた。
胸の奥が、温かくなる感覚があった。
仲間。
元の世界では、そう呼べる人間はいなかった。
同僚はいたが、友人と呼べる関係ではなかった。シフトが重なれば挨拶を交わし、重ならなければ何週間も顔を合わせない。それだけの関係だった。
しかしここには、背中を預けられる仲間がいる。
命を救い、救われる関係がある。
これが、「冒険者」ということなのだろうか。
「帰るぞ」
ガルドが、立ち上がった。
「今日の報酬は、三人で均等に分ける。文句はないな」
「もちろんです」
「よし。——それと、帳尻」
「はい?」
「お前の『声出し確認』、あれは使える。戦場で情報を共有するとき、ああいう癖は重要だ。続けろ」
声出し確認。
レジ業務で身についた習慣だった。金額を声に出して確認すること。それが、戦場での情報共有に役立っていたとは——
「……ありがとうございます」
真琴は、自分の中にある「レジ打ちスキル」の可能性を、改めて認識した。
声出し確認。
二重登録防止——敵の行動を見極め、同じパターンを見抜く。
カゴ抜け確認——見落としがないか、常に周囲を確認する。
地味な習慣だと思っていた。
しかし、それらは全て——この世界で、武器になる。
レイブリッジへの帰路、真琴は空を見上げた。
夕焼けが、空を赤く染めている。
綺麗だ、と思った。
元の世界では、空を見上げる余裕などなかった。いつも下を向いて、足元だけを見て歩いていた。
この世界に来て、まだ二週間も経っていない。
しかし——何かが、確実に変わり始めていた。
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