第四章 冒険者登録

レイブリッジでの生活が始まって、一週間が経った。

 真琴は、ギルドから斡旋される依頼を次々とこなしていった。

 倉庫の在庫確認。商会の帳簿監査。遺失物の捜索。偽造品の鑑定。

 どれも地味な仕事だったが、精算眼の力があれば、他の誰よりも早く、正確に結果を出すことができた。報酬は着実に積み上がり、宿代と食費を差し引いても、少しずつ貯金ができるようになった。

 しかし——冒険者としての実績は、なかなか積み上がらなかった。

「ランクF、か」

 真琴は、冒険者証を見つめながら呟いた。

 F、E、D、C、B、A、S。

 冒険者ランクは、下から順にこの七段階に分かれている。ランクが上がれば、受けられる依頼の幅が広がり、報酬も増える。しかし、ランクを上げるためには「実績」が必要だった。

 実績とは、具体的には——魔物討伐、危険地帯の探索、要人護衛など、「冒険者らしい」仕事をこなすことで得られるポイントのことだ。

 真琴がこなしてきた在庫確認や帳簿監査は、ギルドの分類では「雑務」に当たる。報酬は出るが、実績としてはカウントされない。

「そろそろ、戦闘系の依頼も受けないと、ずっとFランクのままだよ」

 エリナが、カウンター越しにアドバイスしてくれた。

「でも、戦闘能力Eじゃ、魔物退治なんて——」

「一人じゃ無理でも、パーティを組めばいけるでしょ。看破能力がSなら、索敵や罠の発見で役に立てるはず」

 パーティ。

 複数の冒険者がチームを組んで依頼をこなす形式だ。戦闘担当、魔法担当、回復担当、斥候担当——それぞれの得意分野を持つメンバーが補い合うことで、単独では不可能な依頼も達成できる。

「でも、俺みたいな新人とパーティを組んでくれる人なんて——」

「いるよ」

 エリナが、悪戯っぽく笑った。

「ちょうど、メンバーを探してるパーティがあるの。斥候が欲しいんだって」

「俺を、推薦してくれたんですか?」

「まあね。あなたの能力、私は買ってるから」

 エリナは、テーブルの一つを指さした。

「あそこにいるのが、そのパーティのリーダー。話してみたら?」


 テーブルには、二人の男女が座っていた。

 一人は、中年の男だった。短く刈り込んだ灰色の髪に、鋭い目つき。体格は大柄で、筋肉質。腰には長剣を佩いている。顔には、古い傷跡がいくつもあった。

 精算眼が、情報を表示する。


 【ガルド・ヴァレンシア】

 【生命力:380/400】

 【職業:剣士(元騎士)】

 【状態:平静】


 元騎士。その肩書きに、真琴は少し緊張した。

 もう一人は、若い女性だった。年齢は十五、六歳くらいだろうか。栗色の髪を二つに結び、大きな瞳が好奇心に輝いている。背中には、木の杖を背負っていた。


 【リリア・フェルミナ】

 【生命力:120/130】

 【職業:魔法使い】

 【状態:興味津々】


「あ、あなたが帳尻さん?」

 リリアが、真琴を見るなり声を上げた。

「エリナさんから聞いてます! 看破能力がS級で、一日で二千品目を数えたって!」

「いや、そんな大げさな——」

「座れ」

 ガルドが、低い声で言った。

 真琴は、促されるままに椅子に腰を下ろした。

「俺はガルド。こいつはリリア。お前の能力について、聞かせてもらった」

「はあ」

「戦闘能力はEだそうだな」

「……はい」

「使い物にならん数字だ」

 ガルドは、容赦なく言った。

 リリアが、慌てて取りなそうとする。

「ガルドさん、そんな言い方——」

「黙れ、リリア。俺は事実を言っている」

 ガルドは、真琴をじっと見つめた。

「だが、看破がSというのは異常だ。俺が知る限り、そんな数値を持つ冒険者はいない」

「……そうなんですか」

「索敵、分析、罠の発見。お前にできることは、そのあたりか?」

「はい。あと——」

 真琴は、少し迷ってから言った。

「物事の『本来あるべき状態』と『現在の状態』の差異を見ることができます。それを——修正することも」

「修正?」

「はい。例えば、毒に侵された水を浄化したり、壊れた物を直したり」

 ガルドの目が、わずかに見開かれた。

「……それは、浄化魔法の一種か?」

「正直、自分でもよくわかりません。でも、できることは確かです」

 しばらくの沈黙。

 ガルドは、腕を組んで考え込んでいた。

「すごいすごい!」

 リリアが、興奮気味に身を乗り出した。

「そんな能力、聞いたことない! 絶対、パーティに入ってほしい!」

「落ち着け、リリア」

 ガルドが、リリアを制した。

 そして、真琴に向き直った。

「一つ、試させてもらう」

「試す?」

「明日、Eランクの依頼を受ける。ゴブリンの巣の討伐だ。そこで、お前の能力を見せてもらう」

「わかりました」

「死ぬかもしれんぞ」

「覚悟しています」

 ガルドは、初めて口元を緩めた。

「いい目をしている。久しぶりに見たな、そういう目は」

 彼は、立ち上がった。

「明日の朝、東門に集合だ。遅刻するなよ」

「はい」

 ガルドは、そのまま酒場の方へ去っていった。

 リリアが、嬉しそうに真琴を見つめていた。

「よかった! ガルドさん、気難しいから断られるかと思ったの」

「俺も、正直不安でした」

「大丈夫! ガルドさん、厳しいけど、いい人だから! 私も最初は怖かったけど、今はすごく信頼してる!」

 リリアは、無邪気に笑った。

 その笑顔を見て、真琴は少し安心した。

 明日から、本当の意味での「冒険」が始まる。

 不安がないと言えば嘘になる。

 でも——やってみるしかない。

 精算眼がある。仲間がいる。

 元の世界にいた頃よりも、遥かに恵まれた状況だ。

「よろしくお願いします、リリアさん」

「リリアでいいよ! 私もマコトって呼んでいい?」

「もちろん」

「やった! これからよろしくね、マコト!」

 リリアは、元気よく手を差し出した。

 真琴は、その手を握り返した。

 冷たくも、温かくもない、普通の人間の手の温もり。

 この世界で、初めて「仲間」と呼べる存在ができた瞬間だった。


     ◇


 翌朝、約束通り東門に向かうと、ガルドとリリアが既に待っていた。

 ガルドは、昨日と同じ装備。リリアは、ローブの上にマントを羽織り、背中の杖を手に持ち替えていた。

「遅刻しなかったな」

 ガルドが、無表情で言った。

「当然です」

「よし。行くぞ」

 三人は、街を出た。

 ゴブリンの巣があるのは、街から北に半日ほど歩いた森の中だという。道中、ガルドが依頼の詳細を説明してくれた。

「ゴブリンは、単体では大した脅威じゃない。だが、数が増えると厄介だ。今回の依頼は、森の外れに巣ができているという報告を受けて、それを潰しに行くものだ」

「どれくらいの数がいるんですか?」

「報告によると、十匹前後。だが、巣の中にはもっといる可能性がある。油断するな」

「わかりました」

 道中、リリアが真琴に話しかけてきた。

「マコトは、どこから来たの?」

「東の……辺境からです」

「辺境? あっちって、何もないって聞くけど」

「まあ、田舎ですから」

 嘘をつくのは心苦しかったが、「異世界から転生してきました」と言っても信じてもらえないだろう。

「リリアは?」

「私は、北の方にあった小さな村の出身。でも——」

 リリアの表情が、一瞬、曇った。

「村は、もうないの。数年前に、変な災害が起きて——みんな、いなくなっちゃった」

「……すみません、立ち入ったことを」

「ううん、いいの。もう、昔のことだから」

 リリアは、無理に笑顔を作った。

 真琴は、それ以上聞かなかった。

 代わりに、精算眼を彼女に向けてみた。


 【リリア・フェルミナ】

 【心理状態:過去のトラウマを抑圧中】

 【根源的恐怖:喪失】


 過去のトラウマ。

 彼女の村に、何が起きたのだろうか。

 「変な災害」という言葉が、引っかかった。もしかしたら——違算の影響だったのかもしれない。

「敵だ」

 ガルドの声で、真琴は我に返った。

 森の中。木々の間に、小さな影が動いているのが見えた。

 緑色の肌。とがった耳。醜悪な顔。

 ゴブリンだ。


 【ゴブリン(個体A)】

 【生命力:25/25】

 【状態:警戒】


 精算眼が、自動的に情報を表示する。数は——一、二、三……七体。

「七体です。正面に三、左右に二ずつ」

 真琴の報告に、ガルドが頷いた。

「よく見える。リリア、援護を頼む」

「任せて!」

 リリアが、杖を構えた。杖の先端が、淡い光を帯びる。

 ガルドが、剣を抜いた。

「行くぞ」

 戦いが、始まった。

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