第6話「演習場と魔物の急襲」

 入団から一ヶ月。新入団員たちによる初の実戦演習が行われることになった。

 場所は王都近郊の森。魔物は出るが、低ランクのものばかりで、騎士の卵たちの訓練にはうってつけの場所だ。

 だが、今回は違った。

「なぜ殿下がいるんですか」

 出発前の広場で、ルッツは馬上の人を見上げてジト目になった。

 イグニスは白馬に跨り、颯爽と微笑んでいる。

「視察だ。未来の騎士たちの勇姿を見届けるのも王族の務めだからな」

 嘘だ。絶対に見にきただけだ。お気に入りのおもちゃ(ルッツ)の様子を。

 演習は数人の班に分かれて行われる。ルッツはカイルと、数人のα騎士たちと同じ班になった。

 森に入ると、空気はひんやりと湿っていた。

「へっ、Ωが足手まといになるんじゃねえぞ」

 同じ班のα騎士、ガストンが嫌味を言ってくる。彼は入団試験でルッツに注目を奪われたことを根に持っていた。

「了解。後ろで震えてますよ」

 ルッツが適当に流すと、ガストンは舌打ちをして前へ進んだ。

 順調にゴブリンやオークを討伐し、演習は進んでいく。ルッツは極力目立たないように、サポートに徹していた。

 だが、森の奥深くに進んだ時、異変が起きた。

 ズズズ……という地響きと共に、木々がなぎ倒される音が近づいてくる。

「な、なんだ!?」

 茂みを突き破って現れたのは、巨大な猪型の魔物、ボア・タイラントだった。

 本来なら、もっと山奥に生息しているはずの高ランクモンスターだ。

「嘘だろ!? なんでこんなところに!」

「逃げろ! 新兵の手には負えねえ!」

 パニックになる班員たち。ボア・タイラントが鼻息を荒くし、突進の構えを見せる。

 その直線上には、腰を抜かしたカイルがいた。

「カイル!」

 ルッツは咄嗟に動いた。

 βとしての身体能力をフル稼働させ、カイルの前に割り込む。

 剣を抜く暇はない。

(止められるか? いや、逸らす!)

 ボア・タイラントが突っ込んでくる。まるで走る岩石だ。

 ルッツは呼吸を整え、迫り来る牙に掌を合わせた。

 衝撃が全身を走る。骨がきしむ。

 だが、ルッツは後退しなかった。衝撃を足裏から地面へと逃し、魔物の首の力を利用して、軌道を強引に横へとずらした。

 ズサァァァ!

 魔物はルッツの横を通り過ぎ、大木に激突した。

「……っ!」

 ルッツは片膝をついた。手首がジンジンと痺れている。

「ルッツ!」

 カイルが駆け寄ってくる。

 魔物は脳震盪を起こしているようだが、すぐに起き上がるだろう。

「全員、退避しろ! 俺が時間を稼ぐ!」

「でも、お前!」

「早く行け! Ωに守られたとあっちゃ、αの名折れだろ!」

 ルッツがあえて挑発すると、ガストンたちは悔しげに歯を食いしばりながらも、カイルを連れて走り出した。

 一人残ったルッツは、剣を抜き放つ。

「さて、大仕事だな」

 魔物が起き上がり、怒り狂った赤い目でこちらを睨む。

 ルッツはニヤリと笑った。

「かかってこいよ、豚野郎。とんかつにしてやる」

 激闘が始まった。

 力では勝てない。スピードと技術、そして森の地形全てを利用する。

 木を盾にし、枝から枝へと飛び移り、魔物を翻弄する。

 だが、決定打に欠ける。βの筋力では、魔物の分厚い皮を貫くのが難しい。

(長期戦は不利だ……どうする)

 その時だった。

 空が裂けるような轟音が響き、赤い雷光が魔物を直撃した。

「ギャオオオオオ!」

 魔物が断末魔を上げて燃え上がる。

 黒焦げになった巨体が倒れると、その後ろには、鬼の形相をしたイグニスが立っていた。

 手には何も持っていない。素手で放った魔法の一撃だ。

「……殿下?」

 イグニスはカツカツと歩み寄り、ルッツの肩を乱暴に掴んだ。

「馬鹿者が!」

 怒鳴り声が森に響いた。

 イグニスはルッツを抱き寄せ、強く抱きしめた。

「なぜ逃げなかった! 貴様が死んだら、俺はどうすればいい!」

 その体は微かに震えていた。

 ルッツは瞬きをした。王族の、最強のαの、人間臭い一面。

 焦げた匂いと、イグニスから発せられる熱気が、ルッツを包み込んでいた。

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