第4話「求愛という名の理不尽な決闘」
朝の光が差し込む訓練場は、異様な緊張感に包まれていた。
円形に広がった騎士たちの中心で、ルッツは木剣を構えていた。対面に立つのは、王国の至宝にして最強の武人、イグニス殿下である。
「あの、殿下? 俺は一介の新入りなんですが」
「構わん。手加減は不要だ。全力で来い」
イグニスは嬉々として構えている。その全身から立ち上る闘気は、もはや災害レベルだ。
なぜこんなことになったのか。
昨日の今日で、イグニスが騎士団長の許可を取り付け、「ルッツの実力を測る」という名目で乗り込んできたのだ。
(実力を測るって、ただのイジメだろこれ)
ルッツは冷や汗を流すふりをしながら、観察眼を研ぎ澄ませた。
相手は化け物だ。魔力強化された身体能力は、前世の常識を遥かに超えている。まともに打ち合えば、木剣ごと腕を粉砕されるだろう。
だが、勝機がないわけではない。
「参ります!」
ルッツは駆けた。正面から突っ込むと見せかけ、インパクトの瞬間に脱力する。
イグニスの剛剣がルッツの残像を薙ぎ払う。風圧だけで肌が切れそうだ。
ルッツは地面すれすれまで体を沈め、イグニスの足元へ滑り込んだ。
「ほう!」
イグニスが反応し、踏みつけようとする。
しかし、ルッツの狙いは攻撃ではない。イグニスの重心の真下に入り込み、そのバランスを崩すこと。
小さな体格差を利用し、テコの原理で巨体を揺らす。
ぐらり、とイグニスの体勢が崩れた隙に、ルッツは死角へ回り込み、首筋に木剣を当てようとした。
ガキンッ!
硬質な音が響く。
ルッツの木剣は、イグニスの裏拳によって弾かれていた。
「いい動きだ。Ω特有の柔軟さと、見たことのない体術……」
イグニスは恍惚とした表情で振り返る。
「ゾクゾクするぞ、ルッツ」
(いや、怖いって)
距離を取ろうとするルッツだが、イグニスは逃がさない。追撃が来る。
それはもはや訓練の域を超えていた。轟音が鳴り響き、地面がえぐれる。
周囲の観客たちはドン引きしていた。
「おい、あれ死ぬだろ……」
「殿下、楽しそうすぎて周りが見えてねえ」
「でも、ルッツの奴、避けてるぞ!?」
そう、ルッツは被弾していなかった。
紙一重。皮膚一枚の距離で、イグニスの攻撃を躱し、いなし、流し続けている。
イグニスの攻撃は直線的で威力過多だ。予備動作さえ読めれば、技術で対応できる。
(スタミナはこっちが不利だ。長期戦はまずい)
ルッツは賭けに出た。
イグニスが大きく振りかぶった瞬間、ルッツは木剣を捨てた。
「!?」
武器を捨てたことにイグニスの反応が一瞬遅れる。
ルッツはその懐に飛び込み、両手でイグニスの襟首を掴むと、自分の全体重をかけて背負い投げの要領で引き落とした。
同時に、足をイグニスの膝裏にフックさせる。
世界が反転する。
どんな強者も、重力には逆らえない。
ドサッ!
イグニスが背中から地面に落ちた。ルッツはその上に馬乗りになり、手刀を喉元に突きつける。
「……そこまで!」
審判役の騎士団長の声が裏返った。
静まり返る訓練場。
ルッツは息を弾ませながら、イグニスを見下ろした。
「俺の勝ちで、いいですか?」
イグニスは地面に寝転がったまま、呆然と天井(空)を見上げていた。
そして、ゆっくりとルッツに視線を戻す。その瞳は、熱っぽく潤んでいるように見えた。
「……見事だ」
イグニスが呟く。
「俺を組み敷くとは。……やはり、お前しかいない」
「は?」
「ルッツ。貴様のその強さ、その魂……俺が貰い受ける」
イグニスはルッツの手首を掴み、その指先に口づけを落とした。
「!? な、何をして!」
ルッツは慌てて飛び退いた。
イグニスは体を起こし、肉食獣のような笑みを浮かべる。
「覚悟しておけ。俺は欲しいものは必ず手に入れる主義だ」
その宣言は、まるでプロポーズのように響いたが、ルッツには死刑宣告にしか聞こえなかった。
(なんで!? ただの喧嘩でしょ!?)
ルッツの悲鳴は心の中に留められた。
周囲の騎士たちは、「あの殿下を組み敷いたΩ……」「夜の方も激しいに違いない」などと、とんでもない誤解を深めていたが、もちろんルッツは知る由もない。
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