第2話 荒野の強盗団と、初めての「ありがとう」

ガラガラガラガラ……!  荒涼とした大地を、一台の奇怪な物体が爆走――いや、鈍走していた。


 瓦礫と廃材をツギハギした、動く産業廃棄物。  『移動式執事車・オモテナシ・ゼロ号機』である。  その最高時速は、驚異の二十キロ。ママチャリといい勝負だ。


「……ねえ、オトモ」


「はい、何でしょう店長」


「さっきからアンタの動きが気になって、景色が全然入ってこないんだけど」


 荷台の特等席(発泡スチロール製ソファ)に座るライラが、ジト目で運転席を睨んだ。  運転席のオトモは、ハンドルを握りながら、奇妙なダンスを踊っていた。


「フンッ……ハッ……! ぬんっ(尻を浮かす)!」


 路面の凸凹に合わせて、オトモの上半身と下半身が別々の生き物のように伸縮している。  タイヤが岩に乗り上げるたびに、その衝撃をオトモが自身の筋肉と関節で物理的に吸収し、荷台への振動をゼロにしているのだ。


「申し上げたはずです。『手動サスペンション』だと。……フッ!」


「だからって、その『ぬんっ』って掛け声やめてよ! 気持ち悪い!」


「おやおや。これがないと、お嬢様の繊細な三半規管は三分で限界を迎えますよ。感謝していただきたいものです」


「感謝したら黒煙が出るじゃないのよ!」


 ブシュゥゥゥ……。  案の定、マフラーからドス黒い排気ガスが漏れ出した。  この車の燃料は「感謝の心」。だが、ライラの感謝が不純ヤケクソであるため、不完全燃焼を起こしているのだ。


「チッ。やはり『ハイオク(心からのありがとう)』が必要です。今のままでは、次の街まで三日はかかりますね」


「あんたがもっとマシな車を作ればよかった話でしょーが!」


 そんな漫才のような会話をしていた、その時だった。


 ヒャッハーーー!!  汚い黒煙の向こうから、さらに汚い声が響いた。


「おいおいおい! 見ねぇ顔だなァ! ここを通りたきゃ通行料を置いてきな!」


 道の両脇から現れたのは、十数人の男たち。  世紀末のようなモヒカン頭に、トゲ付きの革ジャン。手には巨大な鉄柱や棍棒を持っている。  典型的な「荒野の野盗」だ。


「……お客様(敵襲)ですね」


 オトモは静かにサイドブレーキを引き、運転席から降りて荷台のライラを庇うように立った。  ライラは彼らの姿を見て、恐怖するよりも先に首を傾げた。


「……ん? なんか変じゃない?」


 男たちは全員、地面に顔がつくほどに「極度の猫背」だったのだ。  まるでアルファベットの「C」のように背中を丸め、杖をつきながらヨボヨボと包囲網を縮めてくる。


「いててて……おい、金を出せ……あ痛たた」 「早くしろ……腰が……腰が限界なんだよオォッ!」


 殺気よりも悲壮感が漂っている。  その中心から、ズズズ……と地響きを立てて、一人の巨漢が進み出た。


 リーダーらしき男だ。  背中が「くの字」に折れ曲がっているため、今の目線はライラと同じくらいだ。だが、その肩幅と筋肉の盛り上がりは異常だった。まるで岩山が服を着ているようだ。  もし、あの曲がった背骨が真っ直ぐに伸びたら――一体どれほどの巨体になるというのか。


「俺様は『猫背のアトラス団』総長、タイタン様だ……! あー、痛ぇ。この鉄柱が重すぎて、もう四十肩が爆発しそうだ……!」


「……なら置けばいいじゃない」  ライラが正論を吐く。


「うるせぇ! これは俺たちの魂だ! 帝国の石像運びで壊された、労働者たちの怨念なんだよォ! ……あだだだだ!」


 タイタンが涙目で鉄柱を振り上げる。  腰が曲がっているせいで動きは鈍いが、その腕力は本物だ。当たれば屋台ごと粉砕される。


「ひっ……! お、オトモ! なんとかして!」


「お任せを」


 オトモが音もなく前に進み出た。  左目の片眼鏡モノクルを指で押し上げ、赤いレンズ越しに野盗たちを見据える。


 ピピッ。  『執事眼バトラー・アイ』が、敵の戦闘力ではなく、その肉体の「歪み」を解析する。


「……ふむ。腰椎L4、L5に深刻な圧迫。胸椎は右にねじれ、僧帽筋は岩のように凝り固まっている。……素晴らしい」


 オトモが薄く笑った。それは獲物を前にした猛獣の笑みではなく、難解なパズルを前にした職人の笑みだった。


「やりがいのある『お客様かんじゃ』ですねぇ」


「あぁん? 何をごちゃごちゃと……死ねぇぇぇ!!」


 タイタンが鉄柱を横薙ぎに振るう。  豪風が巻き起こる一撃。だが、オトモは動じない。


「姿勢が悪いですよ」


 衝突の瞬間、オトモは鉄柱の側面にそっと手を添えた。  力で押し返すのではない。鉄柱の軌道を、指先ひとつで「本来あるべき自然な角度」へとわずかにズラしたのだ。


 ブンッ!  タイタンの体勢が崩れる。  前のめりに倒れかけた巨体。その無防備な背中が、オトモの目の前に晒された。


「失礼。少々、荒療治になります」


 オトモの手が残像と化す。  古武術の理合りあいを応用した強烈な打撃でありながら、それは熟練のマッサージ師による繊細な指圧でもあった。


 ドドドドドドドドドドッ!!


 打撃音が重なって、一つの重低音に聞こえる。  だが、オトモは「アタタタ!」などと叫ばない。あくまで静かに、事務的に、呟き続ける。


「……硬いですね。……ここも癒着しています。……リンパ、流します。……剥がします。……入れ込みます」


 一秒間に百発。静寂の百烈指圧。  それは攻撃であって攻撃ではない。筋肉の繊維をほぐし、ズレた骨を正しい位置に叩き込む、超高速の「施術」だ。


「……調整完了アジャスト


 オトモがスッと残心を解き、懐からハンカチを取り出して指を拭いた。  タイタンは、呆然と立ち尽くしている。


「……あ? な、なんだ? 痛くねぇぞ……?」 「ええ。痛みは伴いません」


 オトモは懐中時計を見ながら、背を向けた。


「3、2、1。……はい、流れました」


 その瞬間。  タイタンの全身を、未体験の衝撃が駆け抜けた。


「あ……あ、あ……?」


 痛みではない。熱だ。  滞っていた血流が一気に解放され、冷え切った末端の細胞まで酸素が行き渡る、爆発的な快楽。


「せ、背中が……熱いっ! 軽い! 重力が……消えたァァァァッ!?」


 ボキボキボキボキィッ!!


 凄まじい音と共に、タイタンの「C」の字に曲がっていた背骨が、天を衝くように真っ直ぐに伸びた。  一・五メートルだった目線が、一気に三メートル近い高さまで跳ね上がる。  文字通り、見上げるような巨漢へと変貌を遂げたのだ。


「見え……見える! 地平線が! 空がこんなに青かったなんてェェェ!!」


 そこに立っていたのは、もう猫背の怪物ではなかった。  背筋が定規のようにピンと伸び、八頭身のモデル体型へと生まれ変わった、爽やかな(顔は厳ついが)ナイスミドルだった。


「あ、兄貴!? 背が……伸びた!?」 「すげぇ! 俺もやってくれ!」 「俺もだ!」


 部下たちが次々とオトモに殺到する。  もはや襲撃ではない。行列のできる整骨院だ。


「はいはい、順番に。……貴方は猫背ではなく、スマホ首ですね」 「……貴方は骨盤がズレています。右足重心をやめなさい」


 ドドドドドッ! ボキボキッ!  荒野に、骨が鳴る音と「極楽ぅぅぅ~!」という歓喜の悲鳴がこだました。



 十分後。  屋台の前には、姿勢の良すぎるモヒカン集団が、一直線に整列して土下座をしていた。


「申し訳ありませんでしたァッ!!」


 美しい発声。美しい角度の謝罪である。


「いやぁ、生まれ変わった気分だ! 腰が軽いと、心まで軽くなるんだな!」


 タイタンが涙を流しながら笑った。  ライラは、呆気にとられてその光景を見ていた。暴力でねじ伏せたのではない。彼らは心から感謝し、改心している。


「……すごい」


「お嬢様、彼らから『治療費』をいただきました」


 オトモが指差した先には、タイタンたちが持っていた「鋼鉄の柱」と、盗品である「高級カーテン」が積まれている。


「この鉄柱は純度が高い。屋台のフレーム補強に使えます。カーテンは日除けにしましょう。これで快適性が三〇パーセント向上します」


「……ねえ、オトモ」


「はい」


「これ、もしかして『わらしべ長者』的な感じで、敵を倒すたびに家が豪華になっていくシステム?」


「ご名答です。リサイクル《資源回収》も執事の嗜みですから」


 ライラは天を仰いだ。  このまま行くと、最終的にはとんでもない動く城が出来上がる気がする。


「あばよ! 旦那、店長ちゃん! 俺たち、これからはこの健康な体で、真面目に運送屋でもやることにするぜ!」


「達者でねー! また凝ったら来なさいよねー!」  ライラが大きく手を振る。

「……またのご来店、お待ちしております」  オトモは音もなく、優雅に一礼した。


 去っていくアトラス団――いや、未来の『アトラス運送』の背中を見送りながら、ライラは少しだけ、この旅の意義を理解した気がした。  おもてなしは、剣よりも強く、人を動かすのだと。


「……さて。いい運動になりました」


 オトモが涼しい顔で運転席に戻る。  屋台は再び、ガタゴトと黒煙を上げて走り出した。



 一方その頃。  ライラたちの行く手にある、帝国の検問所にて。

 一人の少女兵が、分厚い眼鏡の位置を直しながら、手配書を凝視していた。


「銀髪の……王女……ライラ……」


 少女は重い溜息をつき、自身の赤く荒れた頬(ニキビ)を指で触れた。


「はぁ……憂鬱です。これを見つけないと、また隊長に怒鳴られる……」


「おい『汚顔』! さっさと掃除をしろ!」


「ひっ! は、はいっ!」


 肌荒れの少女兵、ジュリア。  彼女とオトモたちの邂逅は、もう目の前に迫っていた。

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2026年1月18日 07:03 毎日 07:03

『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』 家守 慈絵夢 @ysasdf890

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