『おもてなしが過ぎる! ~亡国の王女と最強執事の、ボロ屋台からはじめる接客無双~』

家守 慈絵夢

第1話 亡国の王女と、評価0.0のポンコツ屋台

世界は、病んでいた。  東の大国「ゴルテナ帝国」が支配するこの時代、美しさは「数値」で管理され、健康は「義務」として強要されていた。  そんな息の詰まる世界に、たった一台のポンコツ車で抗おうとする、無謀な主従がいた。



 北の最果て、「忘れられた廃都」。  かつて「土と花の国」と呼ばれたその場所は、帝国の焦土作戦によって地図から消滅し、今は見渡す限りの産業廃棄物が積み上がる「ゴミの墓場」となっていた。


 吹きすさぶ寒風が、錆びた鉄骨の隙間を抜け、ヒュオオオ……と亡霊のような音を立てる。  その瓦礫の山陰で、少女が一人、膝を抱えて震えていた。


 ライラ・ハート。十六歳。  泥とすすで汚れた銀髪。ボロボロのドレス。  三日前に滅ぼされた国の、生き残りの王女である。


「……寒い。お腹すいた……」


 ライラの胃袋が、悲しいほど情けない音を立てた。  父も母も、国と共に燃えた。残ったのは、この身一つと、瓦礫の山だけ。  絶望という言葉すら生ぬるい。彼女の心は、凍りついた湖のように静まり返っていた。


「……オトモ。もう、いいよ」


 ライラは、ひび割れた唇で呟いた。


「あんただけでも逃げて。あんたなら、帝国でだって優秀な執事として……」


「おやおや。再就職の斡旋あっせんですか? 退職金もいただいていないのに、労働基準法違反ですね」


 その弱音を遮ったのは、場違いに軽やかな革靴の足音だった。  瓦礫の山から姿を現したのは、漆黒の燕尾服を一分の隙もなく着こなした長身の男。  執事、オトモ・シルバ。  彼は泥だらけの廃材をまるでレッドカーペットかのように優雅に歩き、ライラの前に跪いた。その手には、湯気を立てる銀のカップが握られている。


「まずは温かいスープを。……具材はそこらへんの雑草ですが、私の指先で繊維構造を再設計し、えぐみを完全に除去した最高級のポタージュに仕立てておきました」


「……バカじゃないの。こんな時に……」


 ライラは涙を堪えながらカップを受け取った。  一口飲む。驚くほど濃厚で、春の日差しを煮詰めたような優しい甘みが、冷え切った内臓に染み渡っていく。


「……なんで、あんたはいつもそうなのよ」


「執事ですから。主が諦めない限り、私は最高の環境を用意する義務があります」


 オトモは左目に装着した片眼鏡モノクルをクイと押し上げ、背後の瓦礫の山を指差した。


「さあ、お嬢様。準備が整いました。これが我々の『再起の城』です」


「……え?」


 ライラが顔を上げる。  涙で滲んだ視界の先にあったのは、巨大な城――ではなかった。


 それは、瓦礫の中から掘り出した「錆びた軽トラックの荷台」に、「廃棄された農耕用トラクターのエンジン」を無理やり溶接し、ツギハギだらけのボロ布をほろとして被せただけの、どうしようもなくみすぼらしい「屋台」だった。


「……は?」


「名付けて『移動式執事車・オモテナシ・ゼロ号機』。世界中に出張し、全人類を骨抜きにするための拠点です」


「ただの粗大ゴミの集合体じゃない! ちっさ! 汚っ! これに私を乗せる気!?」


「外見は少々ワイルドですが、機能性は抜群です。サスペンションが死んでいるため、走行中の振動は私が運転しながら『手動』で相殺します」


「自動にしてよ!!」


「さらにお嬢様の座席だけは、梱包用の発泡スチロールを私の指先で分子レベルまで揉みほぐし、『最高級フェザー並みの座り心地』を再現しております」


「無駄な一点豪華主義!」


 その時。  ブゥン……。  空から不快な羽音が響いた。帝国の監視ドローンだ。  ドローンは赤いレーザーでライラの顔をスキャンすると、無機質な合成音声を吐き出した。


『ピピッ。生態認証。亡国の王女、ライラ・ハート。および従者オトモを確認。……帝国推奨レビューサイト『G-Log』への登録を完了』


 空中に巨大なホログラムが投影される。  そこには、今撮られたばかりの「泥だらけで髪がボサボサのライラの顔写真」と共に、屈辱的なステータスが世界中に配信された。


 【店舗名:未設定 総合評価:★0.0(価値なし)】  【口コミ(帝国政府):不快。吐き気がする。視界に入るだけで眼球が汚れる産業廃棄物。見つけ次第、即刻『焼却処分』を推奨】


「……ぜ、ぜろぉぉぉ!? 1ですらないの!?」


 ライラが絶叫する。  賞金首の手配書ではない。ご丁寧に「評価ゼロの店」として、全世界に晒されたのだ。


「おやおや。★0.0とは……伸びしろしかありませんね」


「呑気なこと言ってる場合!? 顔も場所もバレたじゃない! これじゃ逃げ隠れもできないわよ!」


「ええ。ですから、逃げも隠れもしません」


 オトモは涼しい顔で、屋台の側面にあったベニヤ板をひっくり返した。  そこには、手書きの拙い文字でこう書かれていた。


 『リラクゼーションサロン・オモテナシ(初回無料)』


「……は?」


「これより我々は、堂々と店を開いて旅をします」


「バカなの!? 顔バレしてるって言ってるでしょ! 『あ、王女だ通報しよう』ってなるに決まってるじゃない!」


「いいえ、なりません」


 オトモが断言する。


「帝国が探しているのは『悲劇の亡国王女』です。まさか、そんな高貴な方が、『評価ゼロの汚いボロ屋台で、必死に客引きをしている店長』だなんて、誰が思うでしょうか?」


「うっ……」


「木を隠すなら森の中。王女を隠すなら、底辺労働の中です。このみすぼらしい屋台こそが、最強の隠れ蓑なのです」


 あまりにも無茶苦茶な理論。  だが、オトモは懐から、ライラが持っていた「王家の紋章」をそっと取り上げ、布で包んで隠した。


「いざという時まで、この紋章は温存しましょう。世界中の★5.0を集め、十分に力を蓄えたその時こそ――これを掲げ、腐った帝国に引導を渡してやるのです」


 ライラは包まれた紋章を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。  悔しいが、今はこれしか生き残る道はない。  それに、オトモの言う「隠れ蓑」作戦は、悔しいほどに筋が通っている気がした。


「……わかったわよ。やってやるわ! こうなったら世界一の繁盛店になって、ゴルテナを見返してやるんだから!」


「素晴らしい覚悟です、店長。では、出発しましょう」


 オトモが運転席(拾ってきたミカン箱)に座り、キーを回す。  キュルルル……プススン。  エンジンがかからない。


「……オトモ?」


「おっと、燃料不足ですね。……お嬢様、恐縮ですが『ありがとう』を一回お願いします」


「なんで私が自分の車にお礼言わなきゃいけないのよ! ……あーもう! 動いてくれてありがとう!!」


 ボシュゥッ……!!  マフラーからドス黒い煙が吐き出され、車体が激しく痙攣した。


「チッ。黒煙ですか。やはり『ヤケクソの感謝』ではオクタン価が低いですね。これでは最高時速二〇キロが限界です」


「文句言わないでよ! こんなボロ車に感謝するだけで精一杯なんだから!」


「おっと、前方に大きな段差です」


 ガタンッ!  タイヤが岩に乗り上げ、車体が大きく跳ねる。  その瞬間、運転席のオトモが「フンッ!」と奇妙な掛け声と共に、自らの尻と背筋をバネのように伸縮させた。  その人間離れした身体操作により、車体の揺れが物理的に相殺され、荷台のライラには「完全な無振動」が提供される。


「……ねえ、あんた今、何したの?」


「申し上げたでしょう。手動サスペンションです。……ふっ、はっ、ふんっ!」


「運転手が気持ち悪い動きしてる車なんて、誰も乗りたくないわよ!!」


 ガラガラガラガラ……!  黒煙を撒き散らし、運転手が奇妙なダンスを踊り続けるボロ屋台が、地平線へと消えていく。  亡国の王女の、★0.0からの再起の旅。  その前途は、多難しかなかった。

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