第2話 偽りの正義、真実の絶望
隠れ家の周囲を、冷たい雨が叩いていた。
ジンの潜伏先は、すでに包囲されている。それも、ただの兵士ではない。
「……来たか」
ジンは短剣の鞘を払い、立ち上がった。
洞窟の入り口には、白銀の鎧に身を包んだ男が立っていた。かつてリアナと共に旅をし、彼女を見捨てた男――第一王子にして勇者のカイルだ。
「リアナ、そこにいるんだろう? 迎えに来たよ。……その薄汚い暗殺者に、無理やり連れ去られたんだね。怖かっただろう」
カイルの声は、慈愛に満ちているようでいて、その実、リアナを「モノ」としてしか見ていない傲慢さに溢れていた。
リアナはジンの背中に隠れ、震える声で絞り出した。
「……カイル様。私は、あなたの目の前で処刑されそうになった。あの時、あなたは何と言いましたか?」
カイルは一瞬、嫌そうに眉を寄せ、すぐに貼り付けたような笑顔を見せた。
「それは……国の体裁だよ。でも見てごらん、僕はこうして君を助けに来た。さあ、その男から離れるんだ。そんな『死神』と一緒にいては、君の清らかな魂が汚れてしまう」
ジンは鼻で笑った。
その笑い声は、静かな洞窟の中でひどく不気味に響く。
「魂が汚れる、か。……自分の手を汚さずに女を処刑台へ送った男が、よく言うぜ」
「黙れ、下衆が。貴様のような日陰者が、聖女に触れていいはずがない。……死をもって償え」
カイルが聖剣を抜く。
まばゆい光が洞窟を照らし、勇者の加護が空気を震わせた。一撃で城壁をも貫くという、選ばれし者にのみ許された神の力。
「リアナ、伏せてろ」
ジンが動いた。
カイルの聖剣が黄金の軌跡を描き、ジンの身体を真っ二つに――したかに見えた。
「……残像か!?」
「遅いな。光ってるだけで、中身がスカスカだ」
ジンの声は、カイルの真後ろから聞こえた。
驚愕に目を見開くカイルの首筋に、冷たい刃が添えられる。
「なっ、聖剣の加護がある私に、これほどの速度で――」
「お前の『正義』は、言葉だけだ。だが、俺の『殺意』は実在する。……どっちが重いか、試してみるか?」
ジンは短剣を引かず、あえてカイルを蹴り飛ばした。
光り輝く鎧が洞窟の壁に激突し、無様に砕け散る。カイルは口から血を吐き、エリートの余裕をかなぐり捨てて叫んだ。
「殺せ! 騎士団、全員突入だ! 賊も、言うことを聞かない聖女も、まとめて灰にしろ!」
洞窟の入り口に、一斉に魔法の光が灯る。
リアナを巻き添えにすることなど、彼らはこれっぽっちも躊躇していなかった。
それを見たリアナの中で、何かが「プツン」と切れた。
悲しみではなく、底冷えするような失望。
「……もう、いいんです。ジン様」
リアナがジンの前に歩み出る。
彼女の手のひらから、今までのような温かな光ではなく、どす黒い漆黒の波動が溢れ出した。
「私は、あなたたちの『聖女』であることを、今、ここで辞めます」
ジンの魔力(殺意)に共鳴したリアナの力が、反転した。
浄化の力は、すべてを飲み込む「拒絶」の力へと変貌を遂げる。
「なっ……聖女が、闇に染まっただと!? 汚らわしい、貴様らまとめて地獄へ――」
「地獄なら、もう見た。……ジン様、やってください」
「ああ。——遠慮はしねえ」
ジンが影へと溶け込む。
次の瞬間、洞窟の外に展開していた騎士団の叫び声が、雨音にかき消されていった。
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