第3話

僕の頭のなかに自然と情景が浮かんできた。


——仰向けになって頭のすぐ後ろに座った女性が、脚を組んで僕の首を包み込む。頬に触れるのは内もものやわらかな感触。ほんのりした温度、そしてどこか心をくすぐるような甘い香り。


その状況に思わず鼓動が高鳴った。だけど不思議と怖くはなかった。むしろ深い安心感のようなものに満たされていた。


「…その、僕の首を鼠径部で絞める人の役割はよくわかったんですけど」


二人は静かに耳を傾けてくれる。


「そのあと上にまたがる人……その人の役割も、もうちょっと知りたいなって思って。たとえばどうやって動くのかとか、何を感じ取ってるのかとか……」


そう言うと柚月さんは少し頬を染めながら、でもやさしい微笑みを浮かべた。


「そうですね……たしかに、そこも大切な部分ですよね。」


隣の葵さんも、静かに頷いて補足するように言った。


「上にまたがる女性の役目は“あなたの身体の一番大事なところを、自分の身体で受けとめて、最後まで導くこと”です」


柚月さんはタブレットの画面を切り替えて、挿絵のようなイメージ図を見せてくれた。


「まずねあなたが仰向けで寝ていて、首を鼠径部で包まれてる状態で、もうひとりの女性があなたの上にゆっくりまたがります。太ももで両脇を挟みながら、手はあなたの胸にそっと添えて、呼吸を合わせるところから始めます」


「呼吸を合わせる?」


「はい。たとえば、私が“ふーっ”てゆっくり吐いたときに、あなたも同じように呼吸を合わせてみるんです。そうするとあなたの身体が安心して、緊張がゆるんでくる。呼吸のリズムが整うと身体の反応もすごく素直になるんです」


葵さんが続けた。


「そしてあなたの身体が“そろそろ準備できたかな”って感じたら、そっと腰を落として膣であなたを包み込みます。決して勢いをつけたり乱暴にすることはありません。あくまでも“受け入れる”んです」


柚月さんはその“受け入れる”という言葉に、ゆっくりと力を込めて言った。


「膣ってあったかくて、柔らかくて……しかも自分で動ける筋肉があるんです。だから少しきゅっと締めたり、ゆるめたり、リズムをつけたりすることで、あなたが“もっと気持ちよくなる”ように調整できるんです」


「そのリズムはねすぐに激しく動くんじゃなくて、最初はすごくゆっくり。“大丈夫だよ”“焦らなくていいよ”って伝えるように、ゆっくり動きます」


「そしてあなたの身体が少しずつ高まってくるのを見ながら、徐々に動きの幅や速さを変えていくんです。呼吸の速さ、体温、肌の反応……ぜんぶ見て、“今どんな気持ちなんだろう”って読み取るのも、大切な役割です」


葵さんが静かに言う。


「ただ動くんじゃなくてあなたと一緒に呼吸して、鼓動を感じて、“ひとつの生き物”みたいになっていく……そんな感覚で進めていきます」


「最後にあなたが“もう無理”“出ちゃう”ってなる瞬間、その気持ちをちゃんと受け止めるのも、上に乗ってる人の仕事なんです」


柚月さんが恥ずかしそうにしながらも、目をそらさずに言葉を続ける。


「“大丈夫ここに出していいんだよ”“受け止めるからね”って、声をかけてあげながら、あなたが全力で安心して出せるようにギュッと包んで……最後まで見届けるの」


「そのとき下から首を絞めてる人が少しだけ圧を強めて、あなたの意識と感覚を一点に集中させてくれます。上と下の女性が連携してあなたの“命の流れ”をしっかりつなげるんです」


その説明に僕はなぜだか胸がじんわりと熱くなった。


「……すごいですね」


僕がぽつりとそう言うと柚月さんと葵さんは、優しく笑って頷いた。


「はい。すごいんです。だからこそ、私たちも全力であなたに向き合います。あなたが命を安心して預けられるように」


葵さんの声はどこまでも静かで、深かった。

僕がするのは“出すこと”じゃない――“託すこと”なんだと。


けれど、同時に僕はふと、深いところで違和感のような感情も抱いていた。


――ここまで、男性が大切にされているのか。


まるで壊れ物を扱うように慎重で丁寧で、命の器として手厚く保護されている。

一人の男性を中心にふたりの女性が真剣に、医療として、感情として、全身を使って応えてくれる――。


あまりにも丁寧であまりにも過保護で、あまりにも…歪んでいる。


元いた世界ではこんなことは考えられなかった。

男だろうが女だろうが誰かが特別扱いされることなんて、むしろ煙たがられるくらいで平等という名の競争が続いていた。


けれどこの世界では真逆だった。


女性は溢れていて男性は減り続け、ついには保護対象どころか社会全体の生殖と存続のために“守らなければいけない資源”となっていた。


しかもそんな男性たちの多くは、女性を嫌い避けるようになってしまったと聞く。

そのせいで女性たちは、男性に触れられるだけでも感謝し言葉を交わしてもらえるだけで、ありがたがるようになったという。


――僕はそんな中で“普通に話し”“普通に反応”しただけで、柚月さんと葵さんから「うれしい」と言われた。


この世界では“僕のような存在”が、すでに“珍しい”のだ。


「……始めましょうか」


柚月さんが、少し緊張したような声で言った。

けれどその瞳には、決意と、優しさが宿っていた。


「…はい」と、僕は静かに答えた。


もしかしたら、心の中の違和感はずっと消えないかもしれない。

でも、それでも――今は、彼女たちの誠意に応えたいと思った。


******


「それでは、ゆっくりベッドに仰向けになってください。まっすぐリラックスした姿勢で大丈夫です」


葵さんの言葉に促され僕は深く息を吸って、ベッドの縁に腰を下ろした。柔らかいマットレスが身体を支える感触がやけに生々しい。


「そのまま、背中をつけて……ゆっくり、頭も預けてください」


僕は言われた通り身を倒して天井を仰いだ。

そこには白く整った天井と静かな空気、そして足元で動く彼女たちの気配だけがあった。


足音が静かに近づく。


柚月さんが僕の頭の後ろに位置取り膝を折って、やさしく脚を僕の首の両側に添える。


太ももの感触が首元にふんわりと触れる。温かくて、柔らかくて、それでいて確かな“重み”があった。


鼠径部――まさにそこが僕の首にそっと密着するように収まり、ふくらはぎが僕の肩の裏側に回って、ゆっくりと“4の字”を組んでくる。


「苦しくないですか?」


「うん、大丈夫……」


「よかった。じゃあ、これから、呼吸を合わせていきましょうね」


その言葉の直後、今度は葵さんが僕の下腹部の方へと歩いてきた。

医療用の白衣のようなものを脱ぎ、国家指定の“繁殖医療ユニフォーム”に着替えていることに気づく。

艶のある生地、肩と腰を大胆に露出したワンピース……だけど不思議といやらしさはなく、どこか神聖な儀式の装束のようにも見えた。


「あなたの命を私が受けとめますからね」


静かにだけどしっかりとした声でそう言って、彼女はベッドに上がり、僕の両脇に膝をついて、ゆっくりとまたがった。


鼠径部に包まれながら視界の上には、葵さんの美しい身体が近づいてくる。


彼女たちのぬくもり、呼吸、香り――すべてが僕を包んでいた。


この瞬間、僕はようやく――この世界に“本当に”来てしまったのだと、実感した。


僕は仰向けになったまま静かに目を閉じてから、そっと開いた。


まず感じたのは――後頭部に伝わってくる、やわらかくて温かくて、しっとりとした感触だった。


「はい。しっかり包んでますね」


耳元でやさしい声が聞こえる。落ち着いていて、だけどどこか艶を帯びた響き。

確かに僕の後頭部は柚月さんの鼠径部に優しく埋もれるように包まれていた。すぐそばで彼女の体温が伝わり、太ももの内側が両側から首にそっと寄り添っているのがわかる。


その内腿は柔らかく肌にしっとりと吸い付くように密着していた。

ただ挟まれているだけなのに安心感に包まれていくのがわかった。


「内腿が強すぎたら教えてくださいね」


「ううん、包まれてる感じで……」


「ふふ、それならよかったです」


ふくらはぎも僕の喉元にちょうどフィットするように当たっていて、その位置が僕の頭と首を絶妙に固定していた。きつくはない。でも逃げられない。まるで抱きしめられているみたいな、そんな感覚だった。


そのとき――視界の中に、葵さんの顔が映った。


彼女は僕の下腹部にまたがるようにして膝立ちの姿勢をとっていて、まっすぐに僕の顔を見下ろしていた。


そしてその表情は――とても美しかった。


透き通った瞳、整った頬のライン、そしてなによりどこまでも優しく穏やかなその微笑み。

彼女はただ仕事として対応しているのではなく、僕という“ひとりの人間”をちゃんと見てくれていることが表情からまっすぐに伝わってくる。


「すごくきれいです……」


僕が思わず口にすると彼女は一瞬だけ目を細めて、すこし照れたように微笑んだ。


「ありがとうございます。でも今はあなたが安心できることがいちばん大切。だからちゃんと説明していきますね」


彼女たちは本当に丁寧だった。一つ一つ、段取りを言葉にして確認しながら、僕の心の準備を整えてくれる。


「今あなたの首は柚月の内腿でしっかり“絞められて”います。絞めるといっても、きつく苦しめるんじゃなくて逃げられないように、でも安心できるように包む感じです」


柚月さんが僕の後頭部で優しく語りかける。


「この状態であなたの呼吸は自然とゆっくりになります。少しずつ自律神経が整って、身体の“出す準備”ができてくるんです」


「じゃあ今から私が上から身体を合わせていきます。最初は、お腹とお腹を合わせて、それから少しずつ……下の方も、あたためていきますね」


葵さんがそう言って、ゆっくりと腰を下ろしてくる。


彼女の下腹部が、僕の腰にそっと触れた瞬間、思わず息を吸い込んだ。

あたたかい――そして、信じられないほどやわらかい。


「はい、そのまま深呼吸。私の呼吸に合わせて。ふーっ……」


葵さんが長く息を吐くのに合わせて、僕もゆっくりと肺を膨らませて、同じリズムで吐き出す。


「そう、とっても上手です。身体の緊張が少しずつほぐれていきますよ」


葵さんの両手が僕の胸の上にそっと置かれ、体重をかけず、でも確かに“触れてくれている”というぬくもりが広がる。


鼠径部で首を絞められ内腿で包まれ、喉元をふくらはぎで優しく支えられながら視界の先では葵さんの瞳が僕の奥を見つめていた。


「大丈夫。あなたのことちゃんと見てます。全部、受け止めますから」


頭の後ろからは柚月さんの鼠径部がまるで優しく抱きしめるように僕の後頭部を支えている。首の両側には彼女の内腿がそっと沿い、喉元にはふくらはぎが静かに触れている。

その全てが熱を帯びて柔らかくふわりとした感触に満ちていて、心臓の鼓動までもがゆっくりと静まっていくような気がした。


視界の先にいるのはもうひとりのセラピスト――葵さん。

彼女は、まるで祈りでも捧げるかのような神聖な所作で僕の身体の上にまたがっていて、その美しい顔立ちと優しいまなざしが僕をまっすぐに見つめていた。


「すごい……」


思わず漏れた本音に葵さんはふわりと微笑んだ。

柚月さんの声もすぐ背後から聞こえてきた。


「ありがとう。そう言ってもらえると私たちも嬉しいです。でもこれは私たちの“役目”でもあるんです。あなたが安心できるように包み込んで、“出していい”って思ってもらえるようにすることが、私たちの大切なお仕事ですから」


「今あなたの身体はとってもリラックスしています。鼠径部に包まれて、ゆっくり呼吸を合わせていくと、自然と身体の奥にある“残していくためのスイッチ”が入るんですよ」


柚月さんはやさしく、まるで囁くように僕の耳に語りかける。


「首を絞めているのも“支配”するためじゃなくて、あなたの身体が“誰かに委ねていいんだ”って安心できるようにするためなんです」


同時に葵さんが上から僕の胸に手を置いたまま、静かに言葉をつないでくれる。


「私が乗っているのも同じです。あなたの身体のリズムを感じ取って、少しずつ動かしながらあなたが“あ、今だ”って思える瞬間に自然と導いていく。ちゃんとあなたの感覚を聞きながら、身体の声に合わせて一緒に進めていきますからね」


二人の言葉は、とにかく丁寧だった。


ひとつひとつの動きにちゃんと意味があって、その都度どうしてそうするのかを説明してくれる。

まるで赤ちゃんをあやすように。けれど決して子ども扱いではなく“尊重”と“敬意”のある接し方で。


葵さんが腰を少しだけ落とし僕の下腹部にやさしく密着してきた。服越しに伝わる温かさに、僕の身体が自然と反応する。


「大丈夫。感じることは自然なこと。恥ずかしがらなくていいんですよ」


「むしろ、反応があると私たちも安心できます。あなたの身体がちゃんと“命を伝えたい”って動いてくれてる証拠ですから」


柚月さんが僕の後頭部を包んだまま、さらに脚をしっかりと組み直して首元をやわらかく“絞め直す”。


そのとき不思議と、僕の心の奥底に眠っていた“誰かにすべてを委ねていい”という感情が、ゆっくりと目を覚ましていくのを感じた。


ただ見つめ合って、ただ包まれて、ただ、説明を聞きながら進んでいく――


とても美しい二人に包まれ、支えられ、丁寧に言葉をかけられながら進んでいくこの時間。

僕はそれを、ただの行為とは思えなくなっていた。


それは――命を紡ぐ、ある種の“儀式”だった。

そしてその中心に、今の僕が、静かに横たわっているのだった。


葵さんと柚月さんの声が、静かに部屋の中に響いていた。

どこか穏やかな音楽のように僕の緊張を溶かしていく。


身体中がふたりのぬくもりと、やさしい言葉に包まれている――そんな感覚だった。

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